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童貞見聞録

アラサーのセクシャルマイノリティ童貞野郎が心に移りゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつけるブログ

君の名は。

世間で評判の良い「君の名は。」を観てきた。

 

結論から言うと、観たことを強く後悔した。
面白くなかったとか作品として駄目だったということではない。
むしろ完成度は高かったし、人には勧めたい作品だった。
ただ、僕の個人的な理由で、大変辛い気持ちになったのだ。
このブログの目的に照らしても、残しておいた方が良いと思ったので、辛さの原因を探ってみる。

 


「君の名は。」予告

 

 

公開されてまだ時間も経っていないし、ネタバレはないように、まず作品自体に対する評価をまとめておく。

 

まず、強調しておきたいのは、圧倒的な映像美だ。
とにかく美しい。
景色や建物、部屋、人物の描き方が本当に素晴らしい。
作品には、都会と田舎の二つの舞台が出てくる。
都会では都会の雑多で、でも洗練された匂いが、田舎では懐かしく、でも閉鎖的な空気が、画面から圧倒的な説得力で迫ってくる。
特に秀逸だと感じたのは、作中何度も登場する引き戸の演出。
場面によって襖であったり、教室のドアであったり、新幹線の扉だったりするのだが、統一されていることでそれぞれの舞台の違いが引き立つとともに、講談師の張り扇のようにストーリーの句読点的な役割を果たしているので、とてもリズムが良い。

 

そして全編にわたって使われているRADWIMPSの音楽。
劇中音楽をすべて野田さんが担当しているということで、確かに美しい映像と音楽の組み合わせだけでも感動を誘うところがある。
音楽が強いので、観ようによっては2時間にわたるRADWIMPSのMVと思えないでもない。
ただ、それくらいに、音楽を大切にした作品だと感じた。

 

映像と音楽、この二つだけでも映画館の大きなスクリーンと音響設備で楽しむ価値のある作品だった。

 

もう一つ、強く訴えておきたいのは、主役を演じた二人、神木隆之介さんと上白石萌音さんの力演だ。
この二人の演技には喝采を送るしかない。
本作のような男女入れ替わりものは、昔からあるものだけれども、ここまでの完成度はなかなかないと思う。
アニメで映像の補完があるとは言え、本当に声や息遣いだけで、どちらなのか判別できるのだ。
若手二人に対して、おばあさん役、市原悦子さんの醸す日本むかし話感も良い。
本作に関して言えば、役者陣にはあまり文句のつけようがなかった気がする。

 

 

 

さて、ここからが本題である。
なぜ、僕がこの作品を観ていて辛い気持ちになったのか。

 

それは、この作品が美しすぎたからである。

上記の褒めポイントと矛盾するようだが、悪い言い方をすれば、どこまでもきれいごとなのだ。
映像も、登場人物も、ストーリーも、みんなきれい。みんな爽やか。
どこにも僕のような卑屈で悲観的でマイノリティを自称するような嫌な人間を投影できる場所がないのだ。
何せ、主人公と同じ高校生の頃はもう自分が両性愛者っぽくて、しかも結構な割合で同性愛者に近いっぽいことは自覚していた(無性愛者とは思ってなかった)ので、ヘテロの人のような誰からも後ろ指さされない人生はないものだと思っていた。
だから、とにかく全編通して、疎外感が半端ない。
途中、主人公三葉に当たりの強い嫌な奴っぽいのも出てこないではないが、リア充感がプンプンしている。
全然仲間じゃない。

 

いつまでも映画の中に居場所が見つけられないので、どうしても作品自体を俯瞰で観てしまう。
すると、気づかなくても良いようなストーリーや演出の粗が気になってくる。
例えば、エロ描写。
思春期の男女入れ替わりものなので、そうした描写も当然あるのだけど、とにかく表面的というか爽やか健全の域を出なくて、全くリアリティがない。
もちろん、作品の性質や客層を考えれば、あの程度で良いのだろう。
でも入り込めないと、男子高校生の性欲なめんなよとか余計なことを考えてしまう。
そのほかにも、さすがにレストランのホールのバイトをいきなりやるのは無理でしょとか、ご神体の場所、急に近くなってない?とかノイズがどんどん大きくなって、ますます入り込めなくなるという悪循環である。

 

そして、一番辛いのが、作品を非難することができないところだ。
あまりに作品が美しいために、非難すればするほど、自分の汚くて醜くて小さい部分が露呈してしまう。
そうするとどうなるか。
観ながらずっと、どうして自分はこの作品に入り込めないのだろう、と自分に問いかけ続ける。
ああ、そうか。やっぱり僕には健全な青春はない(なかった)し、この美しい世界に居場所はないんだ。
ただ、疎外感と悲しさと諦めが心に去来する。
松平定信の厳しい政治で田沼時代を懐かしがる寛政の頃の江戸市民たちはこんな気持ちだろうかと、もはや作品には何の関係もないことまで考えてしまった。
そして鑑賞後、森見登美彦氏の小説が無性に読みたくなった。

 

一つだけ、言えることは、この作品を手放しで絶賛して目を輝かしている人は、おそらくイイ奴だろう。
そして、逆に、うーん…とか言いながら居心地悪そうにしている人は、きっと嫌な奴だろう。
残念ながら僕は後者だった。
僕はきっと二度と観ないだろう。でも人には勧めたい。
そんな作品だった。