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童貞見聞録

アラサーのセクシャルマイノリティ童貞野郎が心に移りゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつけるブログ

無性愛の理由と原因

なぜ、僕は他人と性的関係を結びたいと思えないのか。
僕の性的指向には、何か理由・原因はあるのか。
ずっと考えていたことの一つであったけれども、現時点で思っていることについてまとめておきたい。

 

基本的に、何か強烈なトラウマがない限り、性的指向に理由や原因はないのだろうと思っている。

というか、そもそも、自分の性的指向の出自を気にする人はほとんどいない。
普通に女性が好きになってそれ相応の恋愛をしている男性にとって、「なんで自分は女の子が好きなのだろう」という疑問は不必要というか浮かびようがないと思う。
理由は簡単で、それが生物的に自然で、圧倒的多数派だからである。
逆に、同性愛者の人は、おそらく何度となく考えている疑問だと思われる。
同性愛に限らず、異性愛であっても特殊な性癖を持つ一部の人々もまた、同様の問いかけをしているかもしれない。

 

僕自身も、自分に同性愛の傾向があることに気が付いたときに、なぜそうなったのか、良く考えていた。
正直に言って、現在も答えは出ていない。
きっかけもあまり覚えていないのだ。
以前のエントリーにも書いたように、とある映画で強烈に意識したのは確かだけれども、もっと前からその傾向はあったような気もする。
多くの異性愛者の場合と同じく、「原因はない」というのが答えなのだろうと思っている。

 

tamago-polo.hatenablog.com

ここでは、僕の性的指向を形作るもう一つの要素、「無性愛」の原因について、今のところの考えをまとめてみたい。
実はこちらは、原因かもしれないと思い当たることがあるのだ。

 

性行為は第一義的に、生殖行為である。
つまり、自らの遺伝子を残すための活動である。
同性愛の場合は遺伝子は残せないわけだけれども、本来の生殖の疑似行為と考えれば根っこは同じだろう。
とすれば、性欲とは、自分の情報を後の世の中に残したいという、ある種、究極的かつ根源的なナルシシズムの表れと考えることはできないだろうか。
こう考えると、他者に対して性的関係を結びたいと思えない理由は、最終的には自己否定に帰着すると考えられる。
確かに僕は、人よりも自己肯定感は薄いと思うし、何より人から嫌われることへの恐怖心がかなり強いので、常に自分の行動について、これで良かったのか、という不安を持っている。

 

これには、僕の生い立ちが深く関係していると思うので、簡単にまとめておく。

 

僕は、5歳の時に、実母が病気で亡くなっている。
その1年後くらいに、当時僕のピアノ教師であった女性と父が再婚し、それから現在に至るまで、僕を育ててくれた。
僕が「母」と呼ぶのは、この養母のみである。
実は、この父の再婚には、僕が深く関わっている。
簡単に言うと、僕が母に「母親になってください」と頼んだのだ。
多くの人が、「親は選べない」というフレーズを使うけれども、僕は親を自ら選んだ極めて珍しい子供だったと言える。

 

はっきり言って、僕は母には一生頭が上がらないと思っている。
母にとって父は初婚の相手だったのだが、45歳のこぶつき男やもめと結婚するなど、正気の沙汰とは思えない。
しかも結婚した後も、父が失業したり、実母の親族に引き取られていった実姉の養育費を巡って裁判になったりと散々だった。
それを、ただ僕が「可哀そうだったから」というだけで、四半世紀にわたって育ててくれたことは、本当に驚くべきことだと思う。
ある意味で、僕が、彼女の人生を台無しにしたと言っても過言ではない。
ただ、同時に、5歳ながら、自分の「人を見る目」は確かだったと感心してしまう。

 

そんな事情もあって、僕は、かなり人の顔色を窺う子供だったと思う。
母を巻き込んだ引け目もあったし、何よりこの人に見捨てられたらお終いだということが、直感的に分かっていたのだろうと思う。
当時、母は怒るとよく口を利いてくれなくなったのだが、その時の絶望的な気持ちは今でも良く覚えている。
母にはっきりと反抗したことは、ただの一度もないはずだ。
自分で母に選んでおきながら、どの面下げてそんなことができるのか。
おもちゃ屋などでたまに見かける泣き叫んで物をねだる子供のことが全く理解できなかった。


これらの体験が、おそらく僕の自己肯定感の希薄さの根っこにあるのだろうと思う。
一応、断っておきたいのだが、母を責めたり悪く言うつもりは全くない。
母とはかなり仲が良いつもりだし、私以上に彼女のことを理解できる人間はこの世に数人といないという自負もある。
それに、現在僕は自分のことをそれほど嫌いではないし、当時に比べれば自己肯定感だってだいぶ回復している。
あの時、母が「母」になってくれなければ、まともな人間にはなっていなかったに違いない。
ただ、こんな性的に何だか良く分からない人間に育ってしまって、申し訳ないという気持ちと、まあお互いに問題あったよね、という自分への言い訳めいた諦めがあるだけだ。

 

今回は、母との関係を中心にまとめてみた。
しかし、うちは父もかなり変わった人間で、そちらもまとめようと思うとなかなかのボリュームになりそうだ。
家族の形成過程からしてイレギュラーなので、他の家庭よりも複雑だし、その分結びつきも強いと思っている。
両親には感謝しかないし、おそらく一生彼らを裏切ることはない。
だからこそ、自分の性的特徴をカミングアウトすることにかなりの抵抗がある。
彼らがどう思うかとは別に、やっぱり、これ以上の親不孝はないと思ってしまう。
カミングアウトについては、いずれタイミングをみてまとめておきたい。