童貞見聞録

アラサーのセクシャルマイノリティ童貞野郎が心に移りゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつけるブログ

僕の中の受動的ヤリマン

人には、いくつもの人格が宿っていると思う。
特に、比率はそれぞれ違うだろうが、どんな人間にも、いわゆる「男性」的な部分と「女性」的な部分があるはずだ。
僕の場合は、両者が半々に近い(もしかしたら女性が多いかも)くらいの割合で常にせめぎ合っている感覚がある。
人によっては気持ち悪く映ったり悩みの種になることかもしれないが、個人的には、特に芸術作品を楽しむときにお得感がある。
例えば、去年「逃げるは恥だが役に立つ」を観ていた時には、平匡さん視点でも楽しめるし、みくりさん視点でも楽しめた。
どちらも可愛く思いすぎて、最終的には十姉妹になって毎朝二人に微笑んで見つめてもらいたい、と訳の分からないことを言い出す始末だった。
この記事では、自分の中の女性的な部分について気が付いたことをまとめておく。

 

去年のちょうど今くらいの時期に、思い出すたびに顔から火が出るほど恥ずかしくなるような大失敗をしでかした。

その日は、徹夜の実験終わりだったのか、詳細は覚えていないが、とにかく疲れていた。
家に帰って風呂に入りたいと思ったけれども、どうせならと近所の健康センター(温浴施設とジムとプールが融合したような公共施設)まで出かけた。
大浴場と露天風呂がそこそこ安く入れるので、気に入って良く使っていたのだ。
一応断っておくと、男性の裸を見ることが目的では決してない。
そもそもド近眼なので見たくても見えない。

その温浴施設に、小さなサウナが付いている。
この日は疲れと眠気と空腹感に若干の不安はあったものの、大丈夫だろうと高を括って入ってしまった。
そして入ってから、おそらく十数分が経過した後、気が付いたらサウナの外にいて、目の前に人の顔があった。
何を言っているか分からないかもしれないが、僕の視点から見ると、これが非常に忠実な表現になる。
要するに、僕は10分(ここまでは記憶にあり)が過ぎたあたりで盛大にサウナ内で倒れたらしい。
そして、近くにいた筋骨隆々のお兄さんに、生まれたままの姿で引きずられるように外に出され、介抱されていたらしい。

事態を把握した途端、猛烈な恥ずかしさに襲われた。
とにかく早く逃げ出したかった。
とは言え、汗を流したりする必要はある。
命を救ってくれたムキムキのお兄さんへの感謝をそこそこに、すぐさま立ち上がってシャワーを浴びに行き、脱兎のごとく脱衣所に逃げ、光速で服を着て施設を後にした。
助けてくれたお兄さんがいい人で、また倒れないかどうかが心配だったのだろう、後ろを何となくついてきてくれて、それが余計に恥ずかしかった。
帰宅しながら、強打したと思われる肩や首が痛かったような気もするが、それよりも次々とこみ上げる恥ずかしさで叫びだしそうだった。
それから数か月、その温浴施設への足が遠のいたのは言うまでもない。

この話は、同僚や友人など、周りにいる人にネタとして話していたのだが、とある人から「そのお兄さんに狙われてたんじゃないの?」と言われた。
起き上がった後に彼が付いてきたというのが気になったらしい。
同性愛を軽口のネタにすることの是非については、この際置いておいて、その時僕は思ったのだ。
まあ、命の恩人だし需要があるなら、一回くらい良いかなあ、と。
その時に、僕の中にいる女性は結構なヤリマンなのかもしれないと気が付いた。

 

世の中のヤリマンには2種類いる。
能動的ヤリマンと受動的ヤリマンだ。

前者は、より優秀なオスを求めて自ら狩りに出かけたり、セックスをスポーツと捉えていたりする。
後者は、雰囲気に流されるまま行きずりの男に抱かれたり、知り合いの男性とは大方関係があったりする。
どちらのタイプの女性も知り合いにいるが、とても面白い人間であることは間違いない。
能動的ヤリマンの方は、元カレが共通の友人だったのだが、彼の話題になったときに悪びれもせず「当時6股かけてたからなあ」と言っていた。
そのまま君の道を行け、と思っていたが、数年後に苗字が変わりましたという幸せそうなメールを貰った。
是非、優勝者の尊顔を拝みたかったが、残念ながら叶わなかった。
受動的ヤリマンの方は、常に寂しさを抱えていて、休日は家に独りでいられずに街へ繰り出すタイプだった。
まさか自分の後輩複数と体の関係があるとは思わず、それを本人から告白された時には流石に驚いた。

僕の場合、お世辞にも自己肯定感が強いとは言えないし、取り立てて確固たる意志も気概もない。
無性愛的性質が強いから、寂しさに悩まされることもないし、夜な夜な盛り場に出かけていくこともないだけで、本質的には受動的ヤリマンなのだろうと思う。

これに関連して、最近、僕の中で盗聴や盗撮に対する考え方が変わりつつある。
以前は、パソコンや家の中の盗聴・盗撮を素直に気持ち悪いと思っていた。
ところが、今は、観たい人がいるならいいか、位に思っている。
どうせ大して珍しい生活を送っているでもなし、こんなだらしなさしかない体と生活を求める人がいてくれるなら、逆に本望かな、と。
ただし、絶対に僕にバレないようにして欲しい。
やはり、見られていると思うと恥ずかしいので。