童貞見聞録

アラサーのセクシャルマイノリティ童貞野郎が心に移りゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつけるブログ

利他主義の抱える矛盾 〜美しい星〜

父と二人で「美しい星」を観に行ってきた。

父親と二人っきりで出かけるなど、何年振りだろうか。
映画まで限定すると、もしかしたら小学生以来かも知れない。
最近、懇意にしていた友人が亡くなって、卒寿を迎えたばかりの祖母が気を落としているらしいということで急遽実家に帰ったのが、まさか介護者の方の息抜きに付き合うことになろうとは。
当の祖母は案外元気だったので良かったのだけれども。

さて、「美しい星」であるが、僕自身は吉田大八監督に惹かれて、父は三島由紀夫の原作に惹かれて希望が一致した。
それぞれ入り口が違った分、観賞後の感想戦では、担当の違うヲタ同士の会話みたいになって思いのほか楽しかった。
とにかく、二人とも意見が一致していたのは、単純に映画として非常に面白かった、ということだった。
スピード感、先の読めないストーリー展開、特徴的な音楽の使い方。
2時間を超える長めの作品だったのに、全く飽きる瞬間がなかった。
そして原作同様、とても「へんてこりん」な映画だった。
先週日曜の時点で既に1日1回の上映になっていたので、もう公開終了間近かも知れない。
興味のある方は、是非とも急いで観に行ってもらいたい。


美しい星 - 映画予告編

本作は、人間の思考というか思想の抱えるとある矛盾について指摘している、と僕は思っている。
その指摘は、別の場所でも見かけていたのだけれども、その共通点に思い当たったので、書き留めておきたいと思う。

 

映画版「美しい星」では、エネルギー問題ひいては環境問題が、一つの大きなテーマになっている。
この手の話でしばしば問題になるのが人間の「利他主義」の抱える矛盾である。

良く見かける標語に「自然を守ろう」とか「地球にやさしく」といったものがある。
さて、これらのフレーズの中の「自然」とか「地球」に人間は含まれているだろうか。
そもそも人間も自然の一部であるはずなのに、「人間」と「自然」などと二項対立的に捉えることに問題はないのか。
「地球」とはいったい何を指しているのか。
実は、「自然」とか「地球」とか、あたかも他のもののために言っているように見せて、どちらも本当は「人間」に置き換えるべき標語なんじゃないのか。
言わば、「利他主義」の仮面をかぶった「利己主義」なのではないのか。

本作は、エコロジー的なフレーズが潜在的に持っているある種の欺瞞と偽善を、非常に分かりやすい形で提示してくれている。

 

似たような指摘は、岩明均氏の傑作「寄生獣」の中でもなされている。

寄生獣 完全版全8巻 完結コミックセット

寄生獣 完全版全8巻 完結コミックセット

 

映画やアニメにもなったのでご存知の方も多いかと思うが、人間の脳を乗っ取って人間を捕食する知的生命体「パラサイト」と人間の攻防を、人間とパラサイトの中間に位置する主人公の視点で描いた作品だ。
進撃の巨人」や「テラフォーマーズ」など、今でこそ謎の生命体と人間との戦いをテーマとしたパニック漫画は珍しくないが、そうした流行の走りと言って良い作品だと思う。
最初に読んだのは高1くらいだったと思うけれども、ちょうど上のバージョンの愛蔵版が売り出された後位で、常にロッカーに全巻入れて布教活動をしていた記憶がある。

主人公新一は、幸運にも脳を食い破られずに済んだ代わりに、右手にパラサイトを宿すことになる。
「ミギー」と名付けられたパラサイトと新一のやり取りを中心にストーリーが展開されていく。
その中で、ミギーから上記にまとめたことと同じ指摘がされる。

地球は最初から、人間が滅びようが栄えようが泣きも笑いもしない。
地球上最初の生命は、強酸性の熱水噴出孔付近で発生したそうだ。

手元に漫画がないのでうろ覚えだが、大体このような主張だったと思われる。

 

我々が、環境問題にまつわる「利他主義」について語るときに困るのは、語っている本人が当事者であるところだ。
極端な話、究極的な「利他主義」として、あらゆる人間活動を停止して人間を除いた世界を作ることを提案するとして、提案者が人間だったら、その提案を真面目に捉える人はいない。
話者の立場によって、利害関係とか主観性とか世代とかが議論の本質を歪めてしまう。

その懸念を、二つの作品はそれぞれ「異星人」と「謎の知的生命体」という装置を導入することで払拭している。
「美しい星」では、論争を「火星人」と「水星人」に担わせることによって、「寄生獣」では「人間と共生関係にある少数派のパラサイト」に言わせることによって、見事に臭みを消している。
そもそも、SF作品には、そうした超人間的な視点とか究極の客観性みたいなものによってメッセージを純化できるという強みがある、ということなのだろう。

 

実は、「美しい星」では、環境問題と絡めて「世代間の不平等性」にまで踏み込んでいた。
余りにもテーマが集まり過ぎて伝わりにくくなった側面もあるが、日本や世界の情勢を見るに、このテーマは今後かなり重要になるという予感がある。
いつか、この部分をうまく切り取った作品が現れたとき、また思い出すかもしれない。