童貞見聞録

アラサー超えてアラフォーのセクシャルマイノリティ童貞野郎が心に移りゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつけるブログ

分離派の夏

怪我をした。

4月から仕事が少し変わり、関わる人が格段に増えたのだが、その分休日のお誘いも増えた。
つい先日、ゴーカートに連れて行ってもらってハッスルし過ぎた結果、コーナーを曲がり切れずにカートごと突き刺さって怪我をした。
30過ぎて何をしているのかと情けなくなる。
カートの損傷も少なく、体も右足の捻挫で済んだのは不幸中の幸いだった。

そんなわけで身動きをとることも難しく、久々にブログを書いたりしている。
書きたいことも溜まっていたので、この機会になるべく消化していきたい。
今回は、最近購入したCDの中から、小袋成彬氏の「分離派の夏」が大層良いものだったので、その感想をまとめておきたい。

分離派の夏

宇多田ヒカル氏がプロデュースということで幾つかのメディアでも取り上げられて、新人としてはかなり大々的にプロモーションされている。
世間の評判も良いようで、本当に嬉しい。

 

僕が最初に持った感想は、まるで私小説を読んでいるようだ、というものだった。
音楽を聴いているはずなのに、志賀直哉とか太宰治とかの作品に触れたときの感覚に近い。
小袋氏自身もそういった文学的要素を大事にしていることが、CDのパッケージからも見て取れる。
まず、CDそのものが右綴じになっている。
歌詞カードもそれに合わせて右開き・縦書き。
「分離派の夏」というタイトルも、純文学的な匂いがする。

私小説と書いたのは、1枚を通して、かなり彼のパーソナルな部分がそのまま曲に落とし込まれている印象があったからだ。
彼の友人だという若い男性の話声から始まり、2曲目の「Game」に入ると、もう既に彼の目を通して世の中を見つめるような錯覚に襲われる。

Game

Game

  • provided courtesy of iTunes

落ち着いているけれども独特の愁いを帯びた声に、シンプルなバックトラック。
適度に韻が踏まれて、歌詞が心地良いのと同時に素直に脳に届く。
しかも描かれているものが、ほとんど叫びに近い(と僕は感じた)。
ポップさもなければ、体を突き動かすビートもないけれども、心は鷲掴まれる感じ。
生きてるのが一番辛かった中学生の頃の僕が聴いていたなら、この1枚で一気に救われていたかも知れない。
それくらい、共鳴するところがあった。

プロデューサーである宇多田氏との一曲も素晴らしい。


小袋成彬 「Lonely One feat. 宇多田ヒカル」スタジオリハーサル映像

皆と上手くやれているはずなのに、何故か時折感じる違和感。
それを見抜かれているような錯覚で、堪らなく恥ずかしく極まりの悪い一瞬。
そういうのが極上のフレーズと共に閉じ込められている。

 

突然だが、ここで宇多田ヒカル氏がこの一枚のプロデュースをしている意味を僕なりに考えてみたい。

僕にとっての思春期の2大アーティストは椎名林檎宇多田ヒカルになるのだが、常々、この二人の作曲家としてのスタンスは対照的だと感じている。
椎名林檎氏は、曲ごとに世界やキャラクターを考えてそれに合ったものを作っていくスタイル。
勿論、書かれていることには彼女自身の考えが少なからず反映されているのは間違いないが、小説に例えるならファンタジーに近いようなところがあると思う。
それに対して、宇多田ヒカル氏は、自分の内面を切り取った作品が多い。
おそらく、自分自身の言葉を自分の納得いく形で表現しないと気が済まないのではないだろうか。
林檎嬢が職業作曲家として様々なアーティストに楽曲を提供したりバンドを結成したりする一方で、宇多田氏にはほぼそれがないところにも表れていると思う。
これら二種類の綺羅星が、同じ年にデビューして自分の思春期を彩ってくれたことはかなり幸せなことだったと思っている。

その文脈でこの一枚を捉えてみると、小袋氏は間違いなく宇多田ヒカル的な作曲家とい言える。
15歳の大人びた少女がそのまま納められた「First Love」と同様、「分離派の夏」には27歳の寡黙な青年の軌跡が閉じ込められている。
音楽的にも、和製R&Bの先駆的な一枚として共通する部分が多い。
日本語への強いこだわりを感じるところも似通っている。
ある意味で、宇多田ヒカルの正当な後継者と言って差し支えないのではないだろうか。
きっと数十年後、日本の音楽を辿った時にきっとこの2作が話題に挙がり、同じ系譜の中で論じられるのではないだろうか。

 

結局何が言いたいかと言えば、物凄くお薦めだということである。
メインストリームにどこか馴染めない感覚を持っている人、あるいは持ったことのある人。
自分の努力ではどうすることもできない部分で、どこか世の中に対する引け目を感じている人。
時折、言いようのない孤独感に襲われる人。
そういう人は、間違いなく寄り添ってもらえる一枚だと思う。
「First Love」のように商業的にも大成功するような一枚にはならないだろうが、誰かの心には一生残り続けるだろう。
誇張でなく、きっと日本のどこかの中高生が、これを聴いて命を救われているはずだ。