童貞見聞録

アラサー超えてアラフォーのセクシャルマイノリティ童貞野郎が心に移りゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつけるブログ

水は海に向かって流れる

「水は海に向かって流れる」が完結した。

水は海に向かって流れる(3) (週刊少年マガジンコミックス)

知ってはいたがしばらく買えず、遅ればせながらこのタイミングで感想をまとめようと思う。

実を言うと、1巻と2巻を読んだところで一度手放そうと思っていた。
そう思いつつ売却用ボックスに入れたまま時が経ったところへ、完結の報せ。
もう1冊ならと本屋で手に取った。
1, 2巻を救い出してまとめて読んでみて、思いのほか自分の触れられたくない部分を刺してきたので驚いてしまった。
当時は何か肌に合わないなくらいのつもりだったのだが、今思えば、何か予感めいたものがあったのかも知れない。

 

 

物語は、主人公・直達が、高校進学を機におじさんの家に居候することになるところからスタートする。
一人暮らしのはずのおじさんを訪ねると、何故か妙齢の女性が迎えに現れる。
実はおじさんは、榊さんという名のその女性を含めて3人のいずれも劣らぬ曲者ぞろいのルームメイトとともに既に共同生活を送っていたのだ。
そんなわけで5人のルームシェアが始まるのだが、実は直達と榊さんの間には深い因縁があることが次第に明らかになっていく。

 

共感と恋愛感情、贖罪、母娘問題…
本作を語る切り口は色々とあるが、最も大きなテーマとなっているのは、「怒り」の取り扱い方のように思える。

直達と榊さんは二人とも、とある裏切りの被害者で、本来同じ怒りを共有している存在である。
しかし、その怒りの表出の仕方は対照的だ。
直達は、一見冷静半ば諦めたようで、うまく怒りを表せずにいる。
榊さんは、ため込んでいる怒りが抑えきれず噴き出してしまう。
その一件を知ったタイミングが余りに違っていることも、大いに関係しているだろう。
だがそれ以上に、二人のパーソナリティに根ざしたものに思える。
そして直達のパーソナリティは、腹が立つほどに自分に似ている気がする。

直達は、良くも悪くも聞き分けが良く、周囲の受け取り方をまず考えるタイプ。
感情を出すのにも「その先」を想像してしまう。
このタイプにとって「怒り」はとても厄介だ。
何故なら、世の中のほとんどのことは、怒っても仕方ないことだからだ。
直達はうまく怒れない自分を指して、自分にも他人にも向き合えていないと評する。
これは、僕も自分に対して常々感じていたことだ。
そもそもそんなに怒っていなかったのではないか。
自分は、とても冷たい人間なんじゃないか。
そう思えて、たまにゾッとする。
直達と榊さんの決着については、是非、本作を読んで見届けてもらいたい。

 

僕にも、自分の生い立ちに絡んでずっと沈殿している「怒り」が存在する。

僕には、歳の離れた姉がいる。
が、5歳の時に実母が亡くなって以来、一緒には暮らしていない。
10年くらい前に、婚約したという電話があったきり、ほぼ絶縁状態にある。
何故離れて暮らすことになったかについては、以前の記事に詳しい。
簡単に説明するならば、姉は父を嫌っていたからだ。
そして実母方の親戚たちは、彼女の憎しみを煽って引き離した節がある。

姉に関連した記憶はほとんどないのだが、唯一、良く覚えていることがある。
小学生高学年くらいの頃、夏場の暑い時期、2階の自室ではなくて若干涼しい1階の和室で寝ることが多かった。
その和室には小さな収納棚があって、そこに父の持ち物のファイルが収められていた。
ある夜、暑さで眠れなくて何となくそのファイルを開いたら、姉に関する記録をまとめたものだったのだ。
かなり強烈だった。
姉の養育費を巡って実母の親戚方が起こした裁判の記録。
罵詈雑言とともに金をせびる姉の手紙。
父は、それを捨てずに、ちゃんとファイルして取っていたらしい。
彼は、かつては鼻水を口ですすり、風呂で催された排泄物をすくって育てた娘からのそんな仕打ちを、どんな気持ちで受け止めていたのだろうか。

あの時以上に、自分の中に「怒り」を感じたことはない。
とは言え、彼女もそう思わされている節もある。
結婚して、もしかしたら子どももいるかも知れない現在は、もう考えも変わって反省している可能性だってある。
そんな風に考えながら、ずっと僕の中で「怒り」が燻っているのを感じている。
そもそも、姉であったり、実母方の親戚たちだったり、「怒り」をぶつけるべき対象と会うことがないのだから解消しようがない。

 

しかし、いつか僕も向き合わざるを得ないだろう。

実は、そのチャンスは7-8年前位に一度訪れた。
実母方の祖母が亡くなって、その遺産相続に関する問い合わせがあったからだ。
幸か不幸か、その問い合わせを僕が直接受けることはなく、その後の遺産放棄の手続きでも書面以上にやり取りすることはなかった。

ただ、流石に父が亡くなった時はそうはいかないだろう。
知らせないわけにはいかないし、また、僕が連絡するべきだとも思っている。
その時に、僕はこの「怒り」をどう扱うべきなのか。
父への不義理を、僕の人生への間接的な干渉を、詰りたい気もする。
でも、分かりやすく怒鳴り散らすには大人になり過ぎた気がするし、そんな意気地が僕にあるとは思えない。
それに、孫を待望しているらしい父を観ていると、今からでも僕が頭を下げて、亡くなる前に父に孫の顔を見せてあげて欲しいと思ってしまう気持ちもどこかにある。
それは、僕にはおそらく絶対できないことなので。
でも、僕よりも父孝行ができてしまうかも知れない姉に、何となく納得がいかなかったり。

自分で書いていても、グチャグチャしていると感じる。
正直言って、今はその瞬間が訪れるのが恐ろしい。
うまく処理できる自信がない。
でも、本作のタイトルの通り、「水は海に向かって流れる」ものなので、なるようにしかならないのだろう。
直達と榊さんが、そうだったように。