童貞見聞録

アラサー超えてアラフォーのセクシャルマイノリティ童貞野郎が心に移りゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつけるブログ

2026年7月11日

アメリカに来てから、既に2カ月以上が経過した。
最初の1週間くらいこそ躓いたものの、今のところ心身ともに健康な状態を維持している。
なんだかんだで日本から頼まれた仕事があったり、リモート打ち合わせに出たり、なかなかこちらにどっぷりと言う感じにはなっていないからかも知れない。
今のところ、ホームシックの兆候すらない。

ただ、インターネットやAIが席巻する現代において、ホームシックは克服されつつある病だと思う。
検索でもAIチャットでも、母国語のコンテンツにアクセスするのはたやすいし、SNSで家族とも友人とも即時に連絡が取れる。
すぐに繋がれるので、寂しさを感じる瞬間はかなり少ないと思う。
ちょっと意外だったのは、日本に居る時は一カ月に1回の頻度で帰っていた実家に、いまだに一度も電話していないこと。
時差があって連絡しづらいのもあるが、1か月以上の単位で声も聞いていないというのは、もしかしたら人生初かも知れない。
ちなみに母親とは1週間に1回くらいチャットでやり取りしているので、何となくの状況は分かっている。
そういうことで何となく安心感があって、必要以上に連絡を取ろうと思わないのかも知れない。
どこかに出かけたらハガキでも送ろうと思っていたので、既に何通か送ってみているが、これはいまだに届いていないらしい。
チャットでまだハガキが来ない…とやり取りをしているのが何だかバカみたいだが、そうでもしないと本当に漢字の書き方を忘れそうで、半分そういう目的で書いている。

寂しくないのは良いことなのだろうが、逆に外国語は習得しづらくなっていると思う。
スーパーも無人レジが導入されているし、スタバでコーヒーを頼むのもアプリで完結してしまう。
下手をすると、一言も英語を話さず、逆にスマホに日本語を打つだけで一日を終えることも可能だ。
職場でもっと話すようにすれば良いのだろうが、やはり日本語のように雑談をするのはハードルが高くて、コーヒールームで楽し気に話しているところに混ざっていく勇気がまだ持てない。
実験に参加する時も基本は見学なので、あまり話さずに大人しくしている(、と言うか議論できるほどに習熟できていない)。
その意味で、シェアハウスを選択したのは本当に良かったと思っている。
ただ、シェアハウスでも忙しくて挨拶だけになってしまう日はあるし、自分から話す機会を作っていかないと英語の上達は難しいのではないかと思い始めている。

そこで最近は、日本語と英語の言語交換イベントを開いているオンライングループに参加したりして、英語を話す機会を増やす努力を始めてみた。
時間を区切って英語と日本語で話すイベントなので、お休みしながらトライできる感じだ。
生活基盤も安定してきたし、遊びに行けるくらいの友達ができたら良いなというスケベ心もあったのだが、参加者は結構日本在住の日本人が多くて、ちょっとそういう目的には適していなかったようだ。
割と近所で対面のイベントをやっている同様の言語交換グループもあるらしいので、今度はそっちにも参加してみようかと思っている。
そして、8月にはもう少し時間ができるはずなので、折角なら語学学校に通うのも良いかも知れない。

長期間海外に住む機会なんてなかなか得られないので、可能な限りしゃぶり尽くしたいとは思いつつ、ちょっとやり過ぎかなとブレーキをかけたい自分もいる。
こうやってバリバリ活動的にしていると、急に挫けて深刻なホームシックに陥る可能性も。
来週は実験も出張も入っていて忙しいし、無理しないように気を付けたい。

希死念慮という病

アメリカに来て落ち着いたら書こうと思っていたことに、ついに取り掛かることにする。
僕の中でいまだに処理できず、うまくまとめられるか自信はない。
それでも、多少落ち着いて考えられる今の間に、一回吐き出しておいた方が良い。
そう思って、絞り出してみる。

 

去年の暮れに、職場でかなりお世話になっていた同僚が亡くなった。
明確に理由は伝えられていないが、自死であろうことは明白であり、職場でもほぼ公然の秘密として扱われている。
死が伝えられるつい数週間前にもメールでやり取りをしていたし、おそらく彼がもうこの世を去っていたタイミングにも、チャットでメッセージを送っていた。
彼は僕よりも職位が上だったし、直接の上下関係でもなかったけれど、特にここ1-2年は同じチームとしてやりとりする機会が何度もあった。
恥ずかしながら全くその予兆に気づくこともなく、ただ冷水を浴びせられたような感覚が、今もなお残っている。
普段、自分は周囲の人の変化に敏感な方だと思っていたのが、とんだ思い上がりであったと恥ずかしく思っている。

ただ、気づいていたらどうだったと言うのか。
この悲劇が止められたかも知れないと思うほどに、思い上がってはいない。
僕よりも近しくしていた同僚たちやご家族が一様に衝撃を受けている中、僕の悲しみや後悔が彼らのそれより濃いはずがない。
感情の多寡なんて比べようもないけれど、中途半端な距離感で何かを抱えることそのものが不遜かも知れない。
それでも、こうしていれば…とか、なぜ…とか、そういう言葉が頭を過るのを止められない。
正直言うと、死を知ってから一カ月くらいの間は、思考が囚われそうでこの件について話せなかった。
ちょうど彼から譲り受けた装置を使おうとしていたタイミングで、観るたびに思い出してしまっていた。
あれから、半年以上が経過した。
彼との共著の論文の投稿を済ませたこのタイミングで、彼の死が僕の中に広げたものを、どうにか言語化しようと思う。

 

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2026年7月4日

今日は独立記念日のため、アメリカは祝日。
それでも朝まで夜シフトの実験に参加していたので、結局昼まで寝て過ごしていた。
そんなタイミングの実験だったからなのか、参加していたメンバーは見事に中国人と日本人しかいなかった。

昼まで寝た後に、思い立って隣町の映画館まで自転車を飛ばし「スター・ウォーズ/マンダロリアン・アンド・グローグー」を観てきた。
日本でかなり流行っているということで、Xの僕のタイムライン上にもしょっちゅうお薦めが流れてきていた。
米国の劇場で観るスター・ウォーズはきっと乙なものだろうという浅はかな考えの下、今までシリーズを1作も観たことがないという状態で飛び込んできた。


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初めてのスター・ウォーズ、如何だったかと言えば、それなりに楽しめたと思う。
ちょっとローテクな世界観も、宇宙を舞台にしたバトル物も、パペットモーションも、元々大好物。
今までスター・ウォーズを避けていたのは、自分がハマり過ぎそうだったからに他ならない。
それにさらに、ディン・ジャリンとグローグーの種族を超えた疑似親子関係と相棒としての絆がスパイスとして加わっている。
嫌いなはずがない。
その文脈で言えばしっかりとツボを押さえられていて、シリーズ初見&字幕なし環境でも存分に堪能できたと思っている。

特に、主人公二人の親子関係が一方的ではないという描写が、物語全体をしっかりと前半後半に分けて描いていたのは、非常に初見にとってもありがたい整理だった。
そして、本作の重要登場人物となるロッタの存在。
彼が抱える父性とか家からの解放の問題は、実はそのまま主人公二人の問題と相似の関係になっている。
実は映画の予告の際に、クルーズ旅行か何かのCMで父、息子、孫と世代を通して舞台を提供している、と言うヴェルタースオリジナル的映像が流れていたのだが、あれすら演出の一つだったという気がしてくる。
おそらく本作で唯一ディンジャリンが発する「This is the way」の前に入るあの台詞。
あれこそが、本作の何たるかを端的に表現したものだろう。

しかし、ここまで書いておいて、実は僕は本作を手放しで褒めたいとは思っていない。
と言うかむしろ、本作の終わりを締めくくる展開については、はっきりと良くなかったとさえ思っている。
特に、この今の世界の状況から考えると。
詳しくはネタバレになってしまうので書けないのだが、本作の解決方法は、かなり悪い意味でアメリカ的ではないか?ということが気になっている。
仕方のないことかもしれないが、本作で悪とされている存在のアジトが攻撃されて大団円を迎える王道のストーリーだけれども、トランプ大統領によってこれだけ数々の火種がばらまかれている現在のアメリカで作られた作品として、果たしてこれは本当に善い行いだろうか?という疑問がどうしても消せなかった。
ベネズエラへの干渉もそう。イランへの攻撃もそう。遡って言えば、架空の大量破壊兵器のために行われたイラク戦争もそう。
悪が支配している地域に出かけて行って正義の鉄槌を下すストーリーに酔っている一方で、戦場で血なまぐさい悲劇を生み続けていなかったか。

スター・ウォーズとはそういう作品だと言われればそうなのかもしれないが、それでも「今」この作品が世に放たれる意味を考えてしまう。
そして、僕はそれはとても「良い」とは言い難いと思ってしまった。
折しも、米国の独立250周年の日に本作を観たことが、余計にそう思わせたのかも知れない。
現在、本作は日本で特大ヒットを飛ばしていると聞く。
為政者たちは、なぜか日本でも米国の独立記念日に嬉々として参加しているらしい。
流石に二つを結び付けて考えるのはこじ付けだが、僕は、本作と通底するアメリカ的作戦に盲従する国であって欲しくないと思っている。

2026年6月26日

外食があまりにも高くつくために、日本に居た時に比べるとはるかに自炊が機会が増えた。
わざわざ高い昼食を買うために自転車を出すのも馬鹿らしいので、簡単な弁当まで作って持って行っている。
おかげと言うかなんと言うか、たぶん米国に到着してからの生活で大分体重が落ちた気がしている。
たぶんとわざわざ付けているのは、もう2カ月以上体重計に乗っていないからだ。
最後に乗ったのは、おそらく旅立ち前に最後に行った銭湯だろう。
壮行会に次ぐ壮行会のおかげでなかなかの数字を叩き出していたから、これでちょうど良かったような気もしている。

ところが、ここ最近、どうも体重が戻り始めているのではないかと言う危機感がある。
と言うのも、新しい家の大家さんがとても料理が好きな人で、食卓には常に手作りスパイスで味付けされたトルティーヤチップスが。
これまた手作りのサルサをもらってディップすると、もうたまらない。
週に何回か、タイミングが合うと夕食もご馳走になっている。
英語の練習にもなるし、単純に彼の話はとても面白い。
タイミングが合わない場合も、後で冷蔵庫を開けて適当に食べてよいと言ってくれる始末。
メキシカンからイタリアン、中華までレパートリーも様々。
完全に胃袋をつかまれてしまっている。
最初ちょっと高い家賃だと思っていたが、食費を含めるとものすごく良心的な価格設定だと思えてきた。

いただいてばかりも悪いので、たまにこちらでも料理したものをシェアできるようにしたいと思っている。
と言って、まだポテトサラダくらいしかまともにシェアできていないが。
来週は少し忙しい期間なので、それが過ぎたら餃子でも作ろうかと思っている。
この間作った肉じゃがもタイミングが悪くて食べてもらえなかったので、また鶏肉で代替してリベンジしよう(薄切り肉が普通のスーパーにない…)。

もう一つ、納豆の自作に挑戦している。
とりあえず1回目の挑戦は、納豆の味はするものの粘りが出ず。
発酵温度の管理が良くなかったことが原因と思われる。
インキュベーターが欲しいところだが、そのためだけに購入するのも…
ちょっと次回はどうやって発酵させるか考え中だ。
ただ、納豆は日本人でも好き嫌いが分かれるような代物。
最高の出来が達成されたあかつきには声をかけても良いけれど、それまでは大家さんとシェアするのは避けておいた方が良いだろう。
嫌われて夕食に呼ばれなくなったら困る。

2026年6月20日

投稿中だった論文2本の査読が続けて返ってきて、その修正に追われていた。
実験の合間を縫って、AIを駆使してとりあえず1本は再投稿を済ませた。
やるべきことの少ない海外出張中で良かったかも知れない。

昨日実験の後に少し遅くまで残って論文の投稿作業を頑張ったので、今日はお休みらしいお休みを過ごした。
お昼近くまで寝て、大家さんの息子さんが預けていった犬たちを撫でながら簡単なご飯を食べて、その後は夏のお休みの計画を練り練り。
飛行機とかホテルとかツアーとか予約して。
少し遠くのスーパーまで歩いて買い出しに行って。
でも日本のメールに返信したりもしていたので、結局ちょっとは仕事をしていて、その辺は日本に居る時とあまり変わっていないかも知れない。

それにしても、生活面は完全に安定した気がする。
良い大家さんに出会って部屋の居心地は良いし、駅やスーパー、郵便局など主要な立ち寄り場所は一通り経験した。
銀行口座もソーシャルセキュリティナンバーも手に入れた。
ここからは、少しずつ生活圏から冒険するフェーズかも知れない。
旅行の計画を立てたのは、そういう考えもあってのことだ。
後は、もしかすると車の免許を手に入れるべきかも知れない。
一応国際免許は持ってきてあるのでレンタカーを運転する資格はあるはずだが、やはり免許は持っていた方が良いと聞く。
別に車を買おうとは思っていないのだが、夏の間くらいの目標にちょうど良いかも知れない。

すごく困ることがある、と言うほどではないものの、確かに車があったら良いのにと思う場面はあった。
例えば、日本食料品店に買い物に行ったとき、米やら味噌やら割と嵩張るものをたくさん買おうと思ったら、自転車は少し不便だなと思った。
これから先、日本から友人が訪ねてくることもあるかも知れない。
その時に空港に迎えに行ったり近くを案内するのに、レンタカーを借りやすくしておくのは悪くない。
何より、自分がどこかに旅行に行ったときに便利だ。

少しずつできることが増えていく感覚。
不惑を目前に控えた年齢でなかなか経験できることではない。
もっと楽しむべきだろう。

長期海外出張にまつわる備忘録③ ~引越し関連~

今回は、アメリカで引越しをするに当たって結構大変だったので、そのことについてまとめておく。

そもそも引越しをすることになったきっかけだが、元々米国に到着してすぐに住み始めた家は1か月程度しか住まないという約束になっていた。
かなりバタバタで出発の準備をしていたこともあって、とりあえずどこでも良いから住む家が必要、ということで内見も何もなく決めた家だった。
その割には(と言っては失礼だが)、家主さんはとても好意的に受け入れてくれて、1か月が終わって出ていくタイミングでは、もし次の物件も短期で終わりそうなら戻ってきても良いとさえ言ってくれていた。
ありがたいことだったが、こちらとしては何としても居を落ち着けたい…ということで、1か月の間に色々と物件を見て決めるつもりでいた。

とは言え、そんなに最初から新しい物件を必死に探さなくても、まあ見つかるだろうくらいに甘く考えていたのが良くなかった。
そもそも、仕事場だって来たばかりでそんなに落ち着かず、実験も参加し始めると物理的に時間がなかった。
あっと言う間に2-3週間が経過、いよいよヤバいかもとなった辺りで本気になって探し始めた、と言う感じだった。
探している時、もっと前に探し始めておけば…と何度も思った。
正直、1か月あっても十分とは言えないと思う。

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2026年6月7日

ここ最近書いた日記の年号を間違えていたことに今更気づく。
何て恥ずかしい。

恥ずかしいと言えば、ここ数日参加している実験、とても居心地が悪い。
と言うのも、本当に自分が悪いのだが、実験グループの皆さんにちゃんと自分が何者かを名乗っていないから。
彼らからすれば、見慣れない素性の良く分からないおっさんがいつも居て、特に役に立つでもなくうろうろしているのだから不安に違いない。
何となく腫物めいたと言うか、居ることは分かっているのだけどどう扱ったら良いのか分からんという空気を感じる。

ちゃんと名乗っていない理由は色々とある。
訊かれたら答えるスタンスでいたから、常勤スタッフが説明してくれると思ったから、作業の邪魔になるといけないから、仮に説明しても一週間くらい経つとまたすぐ会わなくなるから…
でもこんなのは全部言い訳で、要するに英語で説明することの心理的障壁に対する臆病風と怠慢、生来の人見知りが悪い形で表出しているだけだ。
そもそも、多人数で自分以外は全員お互いを知っている、という状況はかなり心理的負担が大きい。
楽し気に話す彼らの会話に耳を傾けても、前提が共有されていないので良く分からない。
そこに割って入って、我こそは何某である、分かるように説明してくれ、とはなかなか言い難い。
日本語だって厳しいのに、まして英語でなんて。

なんて、そんなこと多分本当は気にしなくて良い。
きっと良くも悪くも、そこまで気に留めてもらえていないので。
もっと積極的に動かないと、僕だけが居心地が悪いままだろう。
ただ、もう完全にタイミングを失って、今はひたすら空気のように気配を消している状態になっている。
誰も知り合いのいない現場に飛び込んでしまったのだから、こんな機会はこれからいくらでもあるだろう。
何とかして、住んで都にしないと。
異国の地で、臆病な自分と向き合う羽目になっている。