童貞見聞録

アラサー超えてアラフォーのセクシャルマイノリティ童貞野郎が心に移りゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつけるブログ

2025年1月24日

ここ数ヶ月の忙しさの原因の一つになっていた公募が、昨日一区切りついた。
めでたく職位が上がるらしい。

研究者の公募は、まず書類を出すところから始まる。
今までどんな活動をしてきて、着任できた暁には、一体どんなことをしたいのか。
論文のリストやら履歴書やら推薦書やらと一緒に、そんな作文をして提出する。
それが終わったら今度は、面接試験がある。
1回で終わる場合もあるし、偉い人の前でさらにやらないといけないこともある。
決められた時間内に発表をして、面接官の質問に答えなくてはならない。

書類の提出時期が、本務の最も忙しい期間に重なっていたために、準備にはAIを大いに使わせてもらった。
盛り込みたい内容を箇条書きにしたメモを作って食わせて、申請書に相応しい文体にして、と頼むとものの数秒で案が返ってくる。
ちょっと便利過ぎて震えるくらいだった。
しかも自分で書くと小っ恥ずかしくてなかなか書けない、自己PRの言い回し。
AIに提案されると、そういうもんかと素直に採用できるのだから不思議だ。
何なら、AIに自分の業績を褒められたような気さえして、何だか慰められた心持ちだった。

もう既に始まっていることだが、今後文章を書く能力はあまり重要視されなくなっていくだろう。
論文だって科研費の申請書だって、程度の差こそあれ、多くの人がAIを使って取り組んでいるはずだ。
それっぽい文章は、もうAIが整えてくれるから、人間がやらねばならないのは、素材の提供と結果の吟味だけである。
いくらそれっぽくても、AIは平気で嘘を吐く。
そしてそもそも、特化型AIでもない限り、論文に書かれるレベルの専門知を有しているはずがない。
だから、文章を読んで適切に修正する力が、これからの研究者にはますます必要になるだろう。

さて、無事に公募を切り抜けたということで、今日は自分自身へのご褒美のつもりで一人で日帰りスキーに行ってきた。
帰りには温泉に寄り、自宅に着いた後も近所に飲みに行くというおまけ付き。
思ったより浮かれているようだ。
年齢が上がるほどに、自分を甘やかす術ばかり上達している。
ただ、来週からはまた忙しくなる予定だし、久々に休みらしい1日を送れたのは良かった。
体は疲れて眠気もかなり強いが、メンタルはだいぶ回復した気がする。

2026年1月16日

頑張って映画館に通って、遅れを取り戻そうとしている。

数日前に「ズートピア2」を観てきた。

www.disney.co.jp

1作目は公開中に観に行けず、結構話題になっていることは知っていたものの、確か海外出張の時の機内で観たのだったと思う。
しかも、「アナと雪の女王」と連続で観たという記憶がある。
その時、個人的には「ズートピア」圧倒的に良いじゃんという感想で、だからこそ続編は見に行かなくてはと思っていたのだった。

今回の続編は、バディとして有名になったジュディとニックが、ズートピア誕生に関わる重大な秘密に触れる大事件を追いかけるストーリー。
前回と同様、他者(特に異種族)との相互理解やディスコミュニケーションが、大きなテーマとして貫かれている。
その上で、分断を煽ることで利益を産み出す構造のようなところに踏み込んでいて、現在の世界の問題点が良く落とし込まれた内容になっていた。
「羅小黒戦記2」然り、やはり"今"作品を作ろうと思う人間たちにとって、この問題は避けて通れないテーマなのだと思う。

さすがディズニー。
ストーリーもアニメーションもハイレベルで、満足感が高い本作ではあるのだが、実はそれほど手放しで好きと言い難いところもあった。

一つは、ある意味ディズニー(もっと言うとアメリカ)にかけられた呪いのような部分。
主人公たちが勢いだけで突っ走って、かなりの広範囲に被害が出るであろう事態を引き起こしても、最終的に正しい行いが取られれば許されてしまう、と言うアメリカ映画的"お約束"。
長く低迷してきた令和の日本で鬱屈を抱えた我々にとって、既にそれを約束では済ませられなくなってきた感がある。
原爆で10万人規模の人々が殺されても、戦争を止めたのだから良いことなのだ、と言うロジックに似たものを感じてしまう。

前作では、そうなりがちなジュディに対して、ニックがカウンターウェイトの役割を果たしてくれていた。
茶化すような皮肉を加えて、世の中の価値観はそれだけではないことを代弁してくれる。
ところが今回のニック、ジュディにだいぶ絆されてしまったのか、あまりブレーキを踏んでくれない。
また踏んでくれたとしても、その理由が、結局ジュディに対する"愛"に収束されてしまうような何かになっている。
ちょっとニックに裏切られたような気持ちになっている。

そんな感じなので、ニックのジュディへの好意が、今回かなり顕になっている。
そこも僕としては残念で、やはり男女バディものは、結ばれなければ結ばれないほど良いと思うのだ。
互いへの尊敬がしっかりあって好意はさりげない程度、ふわっと匂わせるくらいがちょうど良い。
言い方は悪いが、今回のニックはジュディを支えるちょっとめんどくさがりの夫のような存在で、ジュディと異なる視点を持った人格として感じられなかった。

 

これは完全に僕の問題なのだが、本作の前に「羅小黒戦記2」を観てしまったことが、大きく影響した気がする。
似たテーマを扱っている両作品だが、正直、圧倒的に「羅小黒戦記2」の方が好みだ。
身も蓋もない話だが、結局僕も、アジア人の一人だということなのかも知れない。

2026年1月12日

とりあえず、1週間乗り切った。
年始早々出張が続いて、通常業務とは言い難い週だったけれども。

風邪もようやく治ってきて、ティッシュの所在を気にする暮らしから解放されつつある。
ただ、相変わらず仕事からはあまり解放されていない。
この三連休も、1日目は出張で他の施設の見学、2日目は実家でタイヤ交換してその後出勤、3日目の今日も朝から出勤して依頼原稿を片付けたり面接の資料を作ったり。
それでも、久々に自分の好きに時間を使えたこの2日間は、気分が良かった。
好きな時に休んで、好きなタイミングで仕事をして、好きなタイミングで食べて。
年末年始を実家で過ごしていたことを考えると、確かにこういう日は久々だったと思う。
多分僕は、結果的に仕事をすることになったとしても、「予定が何も入っていない日」が好きなんだろう。

さて、好きに過ごせた今日、仕事の合間に久々の映画館に行ってきた。
年末に風邪で倒れる前に観て、どうしても続きを映画館で観たかった「羅小黒戦記」だ。

映画「羅小黒戦記 ぼくが選ぶ未来」

年末に観たのが「羅小黒戦記 僕が選ぶ未来」で、今回観たのが「羅小黒戦記 僕らが望む未来」。
可愛くて良く動くアニメーションと骨太のストーリーで、もうすっかりファンになってしまっている。

そもそも、本作を作った寒木春華(HMCH)スタジオは、ポケモンスペシャルアニメが話題になっていた時にあまりのポケモン世界の解像度の高さに驚かされて依頼、ずっと気になっていた。

https://www.youtube.com/watch?v=DtQv2mcClsg

今回の羅小黒戦記の第2作上映が決まった時、良い機会だから第1作も観た上で絶対に映画館に行こうと心に決めていたのだった。

 

前評判の通り、第2作は傑作と言って差し支えない作品だった。

第1作は、主人公シャオヘイと師匠ムゲンの出会いを描いた作品だが、ジャンルで言うならばロードムービー
背景に、開発を進める人間たちと自然の中で生きる妖精たちの対立と宥和を描きながら、シャオヘイを通して成長の本質に迫っている。
自分の外側に価値判断や正義を委ねてしまっている幼いシャオヘイが、より広い世界と価値観を知って内面に揺らがぬ信念が芽生え、自らの居場所を選び取るストーリー。
全く説明的にならずに、圧倒的なアニメーションで濃密な情報量を伝えてくれる。

そこへ来て、満を持しての第2作。
今度はシャオヘイと姉弟子ルーイエの活躍を主軸にしたサスペンス。
人間と妖精の関係はさらに複雑さを増し、フェイク映像を使った分断の扇動と言った、まさに"いま"を切り取った仕掛けが散りばめられている。

しかし、僕の心に大きく残ったのは、やはりルーイエの姿だ。
悪意や暴力、戦争によって日常や子供時代を奪われてしまったルーイエ。
甘やかされているように見えるシャオヘイとぶつかりながらも、対話や共闘の中で徐々に自らの過去とも向き合っていく。
そして、シャオヘイを通して、かつての幼い自分が救われる場面。
モノローグも過度な演出もなく、ただアニメーションによって見事にそれを表現していた。
僕は、ただでさえ、子どもでいさせてもらえなかった子どもの物語に弱いのだ。
映画館で、思わず滂沱。
終わった後も、しばらく余韻で鼻を鳴らしていた。

しばらく体調を崩していたこともあって、観たかった映画が全然観に行けていない。
ズートピア2」もまだ観られていないし。
にも関わらず、もう「羅小黒戦記」をまた観たくなっている。
早くシャオヘイとルーイエに会いたくなっている。

2026年1月3日

年末年始、無理が祟ったのか、体調を崩していた。

30日の夜に胃の不快感を覚えたところから、大晦日は時間経過とともにどんどんと不調に。
それでも、推しのコールドスリープ前最後のパフォーマンスを見逃すわけにはいかんと頑張って紅白歌合戦をリアタイ。
38度近くまで上がったところまでは確認したけれど、もう測るのも止めてしっかり年が変わるところまで起きた上で布団に入った。
それでも、正月の朝に熱を測ったら37度台前半まで回復。
1日いっぱいはさすが寝て過ごしたけれども、2日には墓参りに両親を連れ出せる程度には復活できた。
医者にかかっていないので分からないが、インフルエンザや新型コロナではなく、単なる風邪だったのだろう。

やはり思い返してみても、昨年はちょっと忙しすぎた。
春も夏も実験装置の組み立てに追われ、完成したら完成したで調整や実験に追われ。
基本、友人からの誘いはほとんど断らない方なのだが、多分2025年は突出して多かった。
推しの活動休止もきっかけに、ワークライフバランスについて意識するようになったりして。
体がSOSを出していたのかも知れない。
12/30から1/2まで、全く仕事らしい仕事はせずに、しっかり食事と睡眠を取る生活を送らせてもらった。
昨年12月から僕を思い悩ませていた一件について、もう少し良く考える時間にしたら良かったのだろうが、結局惰眠を貪るのに必死であまり考えられなかった。
いやむしろ、病気で考えられなくなっていたことが、回復には良かったのかも知れない。

多分、2026年も色々なことが起きるだろう。
既に、大きく環境が変わりそうなことも予定されている。
それを意識すると、まだちょっと布団に戻りたい気持ちになってしまうのだが、そうしてばかりもいられない。
小回復させた勢いで、まずは1月を生き抜くしかない。

2025年12月28日

だいぶ久しぶりの日記になってしまった。

仕事がとんでもなく忙しくなったことに加えて、1ヶ月ほど前にとてもショックなことが起こって、それについてうまく書ける自信がなくて、延ばし延ばしになってしまった。
今もうっかりするとそのモヤモヤに襲われて、気持ちが塞いでしまう。
同じようにショックを受けている人たちで話をしてみたりもしたけれど、なかなか全部は吐き出せなくて、ここまできてしまっている。
でも、多分これは書いて落ち着けた方が良いことのようにも思っている。
と思いつつ、まだ全然書き始める覚悟はできていない。
日記を再開すれば、段々と書く気になるかも知れない。

さて今日は、昨日の忘年会の酒が残って散々な一日だった。
久々に記憶を失い、素っ裸で布団に包まっている状態で気が付いた。
昨夜、同僚に車で送ってもらったところまでは覚えている。
部屋に入ったのも間違いはない。
でもそれ以降、何の記憶も残っていない。
寒くて風呂に入ろうと思って朝方風呂場を見たら、昨夜どうやら風呂を沸かしたらしいこと、そしてその風呂に入ったらしいこと、でも気持ち悪くなって2回ほど吐いたらしいこと、までが良く分かる惨状だった。
布団が濡れていなかったことから考えて、ちゃんと体は拭いたらしい。
記憶がないのに自分が行動した形跡があるのは、本当に恐ろしいことだ。

そんな昨日の自分の後始末をつけながら、何とか体裁を整えたものの、今度は二日酔いが。
何も食べたくなくて、トイレで散々胃の内容物を出して、水を飲んではそれもまた吐き。
でも今日は処理しないとならない残務があって、どうしても仕事場に行かないとならない日。
最悪の気分で仕事場に何とか辿り着いて、とある申請書と論文再投稿まではどうにか片付けた。
本当は、昼に馴染みのスリランカ料理屋へ、夜に馴染みの洋食屋へ顔を出そうと思っていたのに、どちらも全くそんな気分にならず。
ようやく今落ち着いてきたけれども、しばらく酒は飲みたくない位、懲り懲りな一日になった。

明日は実家に帰る予定だし、本当はもっと家の片付けとかもしたかった。
片付けどころか風呂場を吐瀉物で汚す有様で、情けないことこの上ない。
来年は、もうちょっとまともな大人でありたい。

2025年10月18日

絶対好きだと分かっていて、敢えて避けてきたコンテンツが幾つかある。
スターウォーズガンダムスタートレック
パトレイバーもその中の代表格だった。
それがここへ来て、映画館で劇場版再上映。
これを逃したら、もう映画館では観られないかも、ということで行ってきた。
二週間にわけて劇場に通い、劇場版1と2どちらも観てきた。


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うん、最高だった。
抜群に面白かった。
最近仕事が忙しいこともあって、どちらも結構疲弊した状態で観に行ったのだが、意識が飛ぶこともなく夢中でスクリーンに釘付けられていた。

どちらの劇場版も、日本の国際的な立ち位置や歴史、脆弱性が、見事にエンタメとして落とし込まれていて、お見事としか言いようがない。
そして、この国が優れていると思えるポイントが、やはり現場の力にあるということも再確認させてもらえる。
日本社会の構造的欠陥を怜悧に切る一方で、現場で汗水垂らす人々の下町工場的泥臭さへの暑苦しいほどのリスペクトがある。
そこへ押井監督を連れてきてミリオタ要素が加われば、そりゃあおじさん達が大喜びする作品になるのは約束されたようなもの。
僕は全くミリオタではないけれど、この面白さはちゃんと共有できるし、共鳴して胸が高鳴った。

テレビシリーズやOVA、漫画版を通っていないのが、今更ながら悔やまれる。
劇場版を2作品観て、とにかく僕は今、後藤隊長と松井刑事がとても気に入っている。
あれを観て、この二人が好きにならない人なんているのだろうか。
今になって、OVAをまとめたBlu-rayやらテレビシリーズのボックスを買おうかどうか真剣に悩み始めている。
こうなることが分かっていたから避けてきたのに、まんまとハマりかけている。

2025年10月13日

朝から「宝島」を観に行ってきた。


www.youtube.com

前評判の通り、とても良い作品だった。

戦後米軍の占領下に置かれた沖縄から返還直前までの約20年間を、3人の若者たちがかつてのリーダーの影を追って奮闘する姿を描いている。
沖縄の置かれてきた状況を、どこまでも真面目に描いた作品で、本土の人間はマストで観るべき一作だと思う。
でも、そういう社会的・歴史的な価値を置いておいても、本作は一つの娯楽作品としてとても面白い。
あの日、どうしてオンちゃんは帰ってこなかったのか。
その縦糸がブレずにきちんと回収されていって、それそのものが一つの大きなメッセージになっている。
と言うか、こんな八方塞がりの沖縄にとっての唯一の希望は、まさに"それ"だと納得できるし、至極真っ当だと感じた。

青い海、青い空、温暖な気候にゆっくりと流れるうちなー時間。
のんびり大らかで賑やかな人々は、三線を引いて指笛を吹き宴をする。
都会で疲れた大人たちが癒しを求めて訪れて、「何もない」を楽しんで帰っていく。
良くある沖縄のイメージは、大きな差別というか無意識の傲慢さに満ちている。
沖縄の抱えている歴史や地政学的特殊性は、本土の人間によってそうやって都合よく消費されて良いものでは決してない。
暴動の始まった沖縄の街を歩きながら放ったグスクの台詞が忘れられない。

なんくるないさ、で済むか!!」

彼らの怒りは、意図的に無視されてきている。
基地がないと、日本が危ないから。
米軍を怒らせると、守ってもらえないから。
でも、本土には来て欲しくない。
中国との緊張を煽るだけ煽っておいて、有事の時に沖縄県の住民全てを本土へ退避させる覚悟もない。
本作に付けられた「たぎれ、日本」とか言う、いかにも電通が考えそうな下品なキャッチコピーは、奇しくも我々本土の人間の無神経さと傲慢さを的確に切り取っているように思う。