童貞見聞録

アラサーのセクシャルマイノリティ童貞野郎が心に移りゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつけるブログ

血統への嫌悪感

少し時期を逃してしまった気もするが、下記の件に対して自分が過剰に反応していることに気が付いたので、その原因に関する考察を記事として残しておこうと思う。

headlines.yahoo.co.jp

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KING OF PRISM -PRIDE the HERO-

友人に誘われて、ずっと体験したいと思っていた応援上映に参加してきた。

kinpri.com


劇場版「KING OF PRISM -PRIDE the HERO-」劇場予告

色々と衝撃だった。
衝撃が大きすぎてどっと疲れてしまった。
日曜の20時の回を友人2人と1, 2杯飲んだほろ酔い状態で観たのだが、上映終了後、明るくなると同時に顔を見合わせて、「一杯飲んで帰ろう」と即座に決まったのが面白い。
おそらく3人とも、あの気持ちを一人で家に持って帰れる自信がなかったのだ。
あんなに感想戦が盛り上がったのも珍しい。

まず前提として、僕は応援上映も初体験なら、キンプリシリーズも初体験だった。
ひとつ前の劇場版も、Twitterやブログで散々騒がれていたことは知っていた。
開始5分で服が脱げるとか尻から蜂蜜が出るとかギリシャ神話の恰好で電車に乗ってアメリカに行って星座になるとか、様子のおかしいことが書かれていることも承知していた。
でも、実際に観た衝撃は、事前の予想を遥かに凌駕していた。

実はまだうまくまとめられる自信はないのだが、一応感想を残しておこうと思う。
ネタバレについては、後述するけれども心配する必要はない。
ネタバレできるほどに内容を理解できていないし、そもそもこの映画に「ネタバレ」という概念が存在するのかどうかすら怪しい。
それでも、少しでも映画の内容を見たくない方や、熱狂的なファンで苦言のようなものは絶対に見たくないという方は、この先を読まないでおいてもらいたい。

 

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M男×M女の悲劇(Secrets×魅せられて)

以前、失恋ソングの記事で、男視点の楽曲と女視点の楽曲をカップリングするという新しい遊びを体得したことを説明した。
今回、満を持して新しいカップルを見つけたので、ここに紹介したい。

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2017年上半期の個人的ヘビロテ音楽備忘録

時の流れは速いもので、もう2017年も上半期が終わろうとしている。
去年に引き続き、今年も既に色々なCDを買い、楽しませてもらっている。
昨年末に1年分をまとめるとき結構苦労したので、半期で分けてまとめておくことにする。
僕が購入した時系列になっているので、発表年とかは新旧飛びまくっている。

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利他主義の抱える矛盾 〜美しい星〜

父と二人で「美しい星」を観に行ってきた。

父親と二人っきりで出かけるなど、何年振りだろうか。
映画まで限定すると、もしかしたら小学生以来かも知れない。
最近、懇意にしていた友人が亡くなって、卒寿を迎えたばかりの祖母が気を落としているらしいということで急遽実家に帰ったのが、まさか介護者の方の息抜きに付き合うことになろうとは。
当の祖母は案外元気だったので良かったのだけれども。

さて、「美しい星」であるが、僕自身は吉田大八監督に惹かれて、父は三島由紀夫の原作に惹かれて希望が一致した。
それぞれ入り口が違った分、観賞後の感想戦では、担当の違うヲタ同士の会話みたいになって思いのほか楽しかった。
とにかく、二人とも意見が一致していたのは、単純に映画として非常に面白かった、ということだった。
スピード感、先の読めないストーリー展開、特徴的な音楽の使い方。
2時間を超える長めの作品だったのに、全く飽きる瞬間がなかった。
そして原作同様、とても「へんてこりん」な映画だった。
先週日曜の時点で既に1日1回の上映になっていたので、もう公開終了間近かも知れない。
興味のある方は、是非とも急いで観に行ってもらいたい。


美しい星 - 映画予告編

本作は、人間の思考というか思想の抱えるとある矛盾について指摘している、と僕は思っている。
その指摘は、別の場所でも見かけていたのだけれども、その共通点に思い当たったので、書き留めておきたいと思う。

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生と死の不可分性 ~夜明け告げるルーのうた~

先日、「夜は短し歩けよ乙女」の感想をまとめたばかりだが、湯浅監督のオリジナル作品「夜明け告げるルーのうた」が公開されている。
先月19日に公開でまだまだ観られるだろうと高を括っていたら、何と残り数日で公開終了と言うことで焦って観に行ってきた。
素晴らしい作品だった。
あとほんの数日しか残っていないが、是非とも一人でも多く劇場に足を運んでもらいたいと思っている。
そして、この作品について語り合える相手が増えることを願っている。

というか、湯浅監督の想像力と創造力は、おそらく人類の宝だと思われるので、これから先、どんどんと素晴らしい作品を世に出して評価を受けていく方であることは間違いない。
この世界の片隅に」で片淵監督が一気に注目を集め、過去作品である「アリーテ姫」などが再評価されている現状を見るに、このタイミングで「夜明け告げるルーのうた」を劇場で観ておくことは、後々人に自慢できるだろうことは想像に難くない。


映画『夜明け告げるルーのうた』PV映像

本作は、子どもから大人まで、まさに老若男女問わず楽しめる作品だ。
湯浅監督らしい自由なアニメ表現炸裂で、ストーリーをとりあえず置いておいても、2時間十分楽しめる映像に仕上がっている。
しかし、僕は子どもにこそ、是非観てもらいたい作品だと思っている。
何故なら、とりわけ「生」と「死」の取り扱い方が、極めて健全だと感じるからだ。
その視点から、僕なりの感想をまとめておきたいと思う。

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結婚との相性

僕には結婚願望がない。

ゲイよりのバイな上に、この歳まで恋人一人作らないで(作ろうともしないで)生きてきたので、当然と言えば当然なんだけれども、未来のことを考えても結婚したいとは全く思わない。
あるのは、このまま孤独死してしまうのは気が引けるから、同居人が欲しいという気持ちである。
それを結婚願望と呼ぶならば別だが、僕の場合、セックスはおろか毎日同じ部屋で寝起きするのも受け入れがたいので、同居というかルームシェア願望である。
世間一般では、これを結婚とは呼ばないだろう。

 

一方で、本当は自分は結婚には向いているとも思う。

恋愛感情が欠損しているので、浮気の心配がない。
相手を性的に好きになることもなければ嫌いになることもないので、人間的な相性さえ合えば、極めて長く付き合っていけるはずだ。
それに、心根の女子成分も高めなので、世の男性よりも対女性の気遣いはできる方だと思う。
共感力も高い。
加えて、子供の頃から大人の事情で振り回されてきた部分があるので、家庭内の修羅場に対して我慢強い方だと思っている。
恋愛には全く向かないけど、結婚には向いているのかも知れない、というのは高校生くらいの頃から感じていたことだ。

恋愛なし、セックスなし、ほぼルームシェア、でもゆるく共同体を作りたい、という点で完全に希望が合致するならば、もしかしたら結婚もありかも知れない。
子どもも、自分のと思うとおぞましいけれども、他で作ってきてくれる分にはきっと可愛がれる気がする。
こんな世の中なので、探せば同じ気持ちの女性は存在するような気がするが、わざわざ探しに行く意欲がないので、結局一人暮らしを満喫してしまっている。
たまに、友達が泊まりに来たらそれでいいじゃん、という結論だ。
これから先、両親が亡くなったり大病をしたりすると、また考えも変わるかもしれない。
でも、性的な指向は変わりようがない気がするので、結婚相手に求める条件はその時も同じだろうと思われる。

 

しかし、結婚式にはすこぶる向かないだろう。

前々回の記事で友人の結婚式の準備中に湧いてきたモヤモヤを書きなぐったが、実際に出席して、つくづく自分には無理だと痛感した。
終始、疎外感を感じて居たたまれなかった。
あの居たたまれなさは、「君の名は」を観たときの気持ちと一緒だった気がする。
圧倒的な「正しさ」というか「正常さ」を前にして、それに乗れない自分への絶望感と自己否定で勝手に傷ついてしまった。

ツーショット写真のスクロール、謎のランタンを夜空に浮かべる演出、西野カナとCarly Rae JepsenのBGM(彼女たちに罪はない)、二人の写真がプリントされたチロルチョコ
中でも違和感しかなかったのは結婚式での牧師の説教だった。
「男性と女性とは別の生き物であって…」
「新郎、あなたの横にいる人は女性です、新婦、あなたの横にいる人は男性です…」
男だか女だか良く分からないような人間としては、段々と後ろ暗い気持ちになってきて、最終的には「同意」を意味するアーメンさえ自分には唱える権利がないのではないかと思えてきてしまった。

 

さて、実は最近、僕の実家に縁談があった。
母の古くからの友人から、娘を紹介したい、という連絡があったというのだ。

正直に言うと、最初に恐怖感が湧いた。
縁談を受ける可能性などあるわけがない。
自分のことをある程度知っている友人たちですら受け入れてくれるかどうか怪しい上記のことを、赤の他人が飲むはずがないのだ。
しかし、三十路がらみになってぶらぶらしているのも事実で、嘘を吐いて断るのも忍びない。
ましてや、母の友人の娘ともなれば、付き合いもあるだろうし、無下に扱ってしまって良いものなのか。
事情も明かせずに断ることになる母にも相手にも申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

実際には、自分が断るまでもなく、母が一筆書いてくれた。
確かに、良く考えてみれば、母は僕の特性に気付いている節があるし、何より彼女自身が40近くまで独身を貫いた果てにバツイチ・コブツキの幸薄そうな男(父)と結婚した前科がある。
周りにやいのやいの言われることに、さぞかし辟易していたことだろう。
何度目か分からないが、母が「母」になってくれて良かったと心底思った。
父は何か言いたげだったが、流石に友人の娘という重さに口出ししてこなかった。

ついに、自分も縁談が来るような年齢になったのだとしみじみ思う。
そして、結婚には良かれ悪しかれ「家」が関係してくることを忘れていた。
将来的に自分と全く同じ考えの女性が現れて結婚を決めたとして、その「結婚」を両家が祝福できるかはまた別の話である。
特に、うちの父親は家族に対するこだわりが強い分、受け入れられない可能性が高い。
それに、先日預金の話をしていた時に、「それは結婚式用に…」などと言っていたような気もするので、式を期待している節もある。
とんでもない話だ。

 

考えれば考えるほど気が滅入ってくる。
やはり、自分には結婚願望がないのだろう。