童貞見聞録

アラサーのセクシャルマイノリティ童貞野郎が心に移りゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつけるブログ

失恋ソング(オリビアを聴きながら×もう君がいない)

僕は失恋ソングと呼ばれるものが嫌いである。

そもそも恋愛経験がない童貞野郎なのだから当然失恋の経験もない、単に感情移入できないだけだろうと言われてしまうかも知れない。
確かにそういう部分はあるだろう。
ただ、感情移入できないだけであれば「分からない」であって「嫌い」ではないはずだ。
「嫌い」の原因をぐるぐる考えていたら、むしろちょっと面白いことに気がついたので、記事にしてみたくなった。

 

 

「嫌い」の一番の原因は、強烈な自己愛が見えるところにある。

失恋ソングでは、都合よく記憶を彩った自分劇場を展開して、自分で悲しい状況に酔っているような、強烈な自慰行為のようなものが多い気がするのだ。

 

先日、実家に帰った際に、父がNHKのCoversという番組の平原綾香さんゲスト回を観ていた。
何となく横で一緒にそれを観ていたのだが、途中で彼女が杏里さんの「オリビアを聴きながら」を歌う場面があった。
それまで曲自体は聴いたことがあったが、歌詞を良く読んだことはなかったので、驚いた。
こんな歌だったのか。

 

youtu.be

この曲は自己愛の究極形だと思う。
少し歌詞を抜粋する。

 

お気に入りの唄 一人聴いてみるの

リビアは淋しい心 なぐさめてくれるから

ジャスミン茶は 眠り誘う薬

私らしく一日を 終えたいこんな夜

 

出逢った頃はこんな日が

来るとは思わずにいた

Making good things better

いいえすんだこと時を重ねただけ

疲れ果てたあなた私の幻を愛したの

 

読んでもらえれば分かるが、Aメロはひたすらにセンチメンタルな気持ちに浸って、悲しく可哀想な自分を甘やかしまくっている。
そしてこのサビである。
自分で完結させて、疲れ果てたらしい「あなた」に向かって、「私はあなたの思うような女じゃない」と突き放している。
二人の事情は良く分からない。
だけれども、「あなた」にも何か言い分があるのではないか。
この歌は最初から最後まで「あなた」を思いやることはない。
しかも、ほかの部分の歌詞を見ると、どうもこのカップルは女性の方から振って別れているらしい。
随分と勝手な話である。

 

恋愛とは得てしてそういうものであると言われればそうかも知れない。
感動している父や、涙すら流している司会の仲里依紗さんを観ていたら、自分の方がおかしいのかもしれないと思いつつ、何だかモヤモヤとしてしまった。
僕はこの歌の主人公に問いたい。
お前こそ、本当に愛していたのは「あなた」ではなく自分だろう、と。

 

このことをきっかけに、少し他の失恋ソングも色々と聴いてみたのだが、同様の気持ちになることがとても多かった。
その中で、一つ面白い事実に気がついた。
男性側の失恋ソングを持ってきてカップリングさせると、あら不思議。
失恋ソングに漂う嫌な感じがなくなるのだ。

 

男性側の例を出そう。

時の人でもあるので、FUNKY MONKEY BABIESさんの「もう君がいない

 

youtu.be

二番の歌詞を持ってきてみる。

 

いつからか心二人すれちがい

楽しかったあの頃嘘みたい

夢みたいに過ごした毎日の中でずれていってたタイミング

もうあの頃に戻れないの 見慣れたはずの景色さえも

Woo 少し何かが違う 想いがにじんで 涙が出ちゃう

車の中や街の中や 一緒に過ごした部屋の中

歩んできたいろんな季節を これから一人だけで見てくの

大切な気持ちや想いで 頭の中巡る思い出

いつもの隣 僕のそばに もう君がいない

 

まだ忘れられない それに君はいないのに

涙溢れ 瞳閉じれば

いまも君のすべてを体中がおぼえてる

誰よりも僕を愛してくれてた

 

どうだろうか。
この男性は、自己愛が主張しすぎることはないが、想い出はなかなかに美化されているようだ。
もっと言えば、サビの辺りを読むに体目当てであったことも否めない上、ちょっとした勘違いもあるように見える。
総じて、ちょっとお馬鹿な軽い感じの自信家な若い男性像が浮かんでくる。
およそ深刻さは感じられず、おそらくこの主人公の回復は極めて早いだろうことが想像される。
嫌いだ。

 

しかし上の「オリビアを聴きながら」の主人公とカップルであったと想像すると、なんだかとても納得できるのだ。
確かに「もう君がいない」の男性は幻を愛していただろうし、「オリビアを聴きながら」の女性が離れていきたくなるのも分かる気がする。
お互いに自分の世界に没頭して感傷的になっているし、別れるべくして別れていると思うと同時に似合いのカップルだとも思えてくる。
片方だけ聴いていたときの相手の言い分が分からない不公平感が払拭されて、モヤモヤが晴れていく感覚だ。

 

毒をもって毒を制すではないが、二つの「嫌い」を合わせると、確かに中和されることがあるようだ。
それにしても、二つの楽曲を繋げてみると結構面白いことが良く分かった。
今後も面白いカップリングを探していきたいと思う。

 

最後に、こんな「失恋ソング」ならば好きだというものを貼って終わりにしたい。
個人的には中島みゆきさんの「わかれうた」が殿堂入りであるが、あまりにも有名な曲なので、最近のお気に入りを紹介する。

 

youtu.be

空想委員会/「純愛、故に性悪説

自分のカッコ悪い部分を直視して、世界を自分の都合だけで閉じていないところに凄く好感が持てる。
この曲と「オリビアを聴きながら」をカップリングさせたら…と思ったが、あまりにも三浦委員長が気の毒なので止めておくことにする。