童貞見聞録

アラサー超えてアラフォーのセクシャルマイノリティ童貞野郎が心に移りゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつけるブログ

息子のまなざし

ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督との出会いはかれこれ何年前になるだろうか。
大学の授業が空いていたからとかそんな理由で恵比寿まで足を延ばし、まだリニューアルする前のガーデンシネマで「ロルナの祈り」を観たのが最初だったと思う。
とにかく僕にとっては衝撃的な作品で、エンドロールが終わって明るくなってもしばらく立ち上がれなかったことを覚えている。
余計な演出や説明が一切ないのに、描き方が丁寧で、理性で処理できない「情」のようなものを突き付けられた気分だった。
是枝裕和監督の「誰も知らない」を観たときの衝撃と似ていた気がする。

以来、ダルデンヌ兄弟の作品はなるべく追いかけるようにしている。
と言いつつ次の「少年と自転車」を観ただけで、直近の「サンドラの週末」は観に行けなかったので完全な俄かファンだ。
最新作の「午後8時の訪問者」は4月公開ということなので、是非行こうと思っている。

ダルデンヌ兄弟作品が好きになってから、過去作品も遡って観たいとずっと考えていた。
先日、ネットでCD・DVDをまとめ買いしていた時に、特に気になっていた「息子のまなざし」を発見して、購入した。
なかなかに見応えのある作品で、また性懲りもなく感想をまとめておこうと思う。

息子のまなざし [DVD]

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ダルデンヌ兄弟らしく、とにかく説明がなく、ただ淡々と執拗なくらいしつこく、主人公オリヴィエの動作、とくに表情を追いかけた作品である。
観ていると、ごく普通の寡黙な中年男性に見えるオリヴィエは、木工所のようなところで少年たちに指導をしている。
独り暮らしで家族はいないようだが、何だか訳ありな感じの女性が訪ねてきたりしている。
極端に笑顔が少なく、感情の起伏が見えない。
しかし、工場に新しくやって来るという少年フランシスに対して、異常なくらいの執着を見せ始める。

僕は、実はオリヴィエの執着の理由について、事前に知ったうえでこの作品を観た。
もちろん、それでも十分に楽しめる作品だったのだが、やはり知らないで観た方が、この作品はより良かったのだろうと思う。
誰が読むか分からないので、なるべくその部分のネタバレを避けて感想をまとめる。

 

「許す」という行為が、どれほど痛みを伴うか、この作品は証明してくれる。

誰かを「許す」ということは、相手を自分と同じ人間であると認めること、「同情」だと思う。
この同情は、好むと好まざるとに関係なく訪れる。
事情を知り、感情の動きをみて、地続きの場所にいることを実感してしまったら、もはや「許し」を止めることはできない。
それまでの「憎しみ」は変質してしまうのだ。
しかし、それと同時に、許されざる理由が失われることは、それまでの自分を否定することや誰かに対する裏切りでもある。
否応なく自分が変わってしまうことは恐怖だし、同時に、抱えてきた「憎しみ」が零れ落ちることは悔しくもあるだろう。

本作は、ハンディカメラでオリヴィエの姿だけを映し続ける作品だが、緻密な構成でもって見事に「許し」の瞬間を捉えている。

特に素晴らしいと思うのは、木工所というロケーションである。
オリヴィエは、木工職人らしく、たいていのものの長さを見ただけで言い当てることができる。
フランシスは、彼のこの能力に感服し、やがて彼を敬うようになる。
何故なら、フランシスはかつて目測を見誤ったことがあるからなのだ。
それをオリヴィエが指導していくという構図が、何とも素晴らしい。

さらに、やはり圧巻はクライマックスにおける見事な視点の入れ替えである。
「同情」というよりもシンクロ、追体験と言っても良いような出来事が二人に起きる。
とても演技とは思えない二人の役者の佇まいに、人間が変わる瞬間を観せられた気がした。

 

もう一つ、邦題の素晴らしさも指摘しておきたい。
海外の作品が上映される際に付けられるのが邦題だが、残念なものになることがとても多い。
しかし、本作に限って言えば、非常に良い邦題が付けられていると思う。
本作の原題は「Le Fils」と言って、直訳すれば「息子」。
これをわざわざ「息子のまなざし」とした理由は、本作を観るとすごく良く分かるし作品自体も味わい深くなるという仕掛け。
誰が考えたのかは分からないが、嫉妬するほどのセンスの持ち主だ。

 

これまで、好きな監督さんの作品ほど、映画館で観たいと思ってしまって名画座にかかるのを待っているタイプだった。
しかし、都心から離れ、そんなことも言ってられなくなってきた。
ダルデンヌ作品に関わらず、以前購入してまだ全部見切れていないアキ・カウリスマキ監督のBDBOXとか、手を付け始めようかと考えている。