童貞見聞録

アラサー超えてアラフォーのセクシャルマイノリティ童貞野郎が心に移りゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつけるブログ

2023年10月26日

いつの間にか直前に迫った発表の準備を慌てて始めた。

年々、学会や研究会の準備が直前になっている。
学生の頃は、指導教官に事前に見せたり練習したり、それなりに時間をかけて準備をしていた。
それが段々と慣れてきて、まず練習をしなくなり、資料も以前のスライドを切り貼りして済ますようになり、酷い場合だと学会に向かう新幹線や飛行機の中で作ることさえある。
国際学会や招待講演の場合は流石にもう少し気を遣うけれども、国内学会でしかも口頭発表だと、どうしてもその場の補足説明に甘えてしまって準備がおざなりになる。

今回の発表では、しばらく話していなかった研究テーマについて新しい進展があったのでそれを報告する。
したがって、ほとんど使い回せるような素材がない。
イチから作るとなるとそれなりに時間もかかるわけで、多少焦ってきている。
ただ、その後論文にすることを計画している内容でもあるので、これを機会に素材を増やしておくことは重要だろうと言うことで、何とかやる気を持続させている。

発表資料を作る上で、学生の頃に言われたことがずっと心に残っている。
僕は割と話すのは得意な方で、喋ることを事細かに書き出さなくても特に困ったことはない。
そのためか資料の文字は少なくなりがちで、キーとなるような図だけ出して、後は全部口頭で説明するようなスタイルを選びがちだった。
ところが。
ある日、指導教官ではない別の教官の方に、それだと肝心の内容が伝わらない場合があると注意された。
と言うのも、発表者にスタイルがあるように、聴衆にもスタイルがあるからだ。
言葉で説明される方が分かりやすいと感じる人もいれば、話はほとんど聞かずに資料を読んで理解しようとする人もいる。
だから、話すことは全て発表資料に書いておくべきだし、逆に資料に書かれていないことは話さない方が良い。
そう、教えられた。

確かに、そうかも知れない。
学会にしろ研究会にしろ、我々は自分の研究を理解してもらいたくて発表する。
伝わることで誰かの役に立ったり、所属機関や研究チーム、個人の成果をアピールしたりできると信じている。
目的から言っても、発表者は常に、正しく伝わる可能性を上げる努力をすべきだ。
実現できているかどうかはさておき、学生時代に言われた言葉は、自分で資料を作るときに常に思い出すようにしている。