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童貞見聞録

アラサーのセクシャルマイノリティ童貞野郎が心に移りゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつけるブログ

学校教材としてのシン・ゴジラ

映画

ようやく「シン・ゴジラ」を観てきた。

すでに、熱量・情報量ともに多い素晴らしいレビューが世に溢れているし、エヴァとの関係や特撮の素晴らしさ、伊福部音楽の有難み、3.11との関係etc散々語りつくされているので、ちょっと視点を変えて感想をまとめておきたい。

 

現在僕は、関東のとある県のとある研究施設で博士研究員として働いているが、実は大学院のかなり後半くらいまで、結構本気で教職に就こうと考えていた。
そんなこともあって、僕は中高の教育免許状を持っている。
今日はその教員の視点から教材として、この映画を語ってみたい。

 


『シン・ゴジラ』予告

 

僕がこの作品を観た最初の感想は、これは、極めて良質な政治喜劇である、というものだった。
前半は難しい顔したオジサンたちが顔突き合わせて会議しているシーンの連続なわけだが、ここが素晴らしく笑える。
その辺りのやり取りや手続き、展開される作戦、その他もろもろを観ている内に、これは社会科教材として打ってつけなのではないか、という考えが閃いた。
というかこれを教材にした授業を僕は受けたい。

 

(1)地理の教材として

映画中、東京近辺の地名がばんばんと出てくる。
ある程度の地理が頭に入っているのといないのでは映画の面白さが格段に変わる。

 

例えば、ゴジラの登場シーン。
映画の中で、ゴジラ東京湾アクアライン辺りから現れて多摩川方面に移動するということになっている。
この部分を地図で確認するだけでも多くのことに気が付く。

まず、アクアラインから見て多摩川方面に向けて最初にあるのが、羽田空港である。
作中、会議シーンで羽田の便が欠航という情報が流れるが、至極当然の結論だ。
さらに、東京湾は首都を囲うように主要な港が多く存在する。
経産相が、ゴジラによる経済的損失について、ゴジラ登場時点から主張しているが、例えば、東京湾の主要な港を調べ、その主な取引物、貿易総額全体への寄与の割合などを考えると、よりこのシーンの意味が良く分かるはずだ。

 

あるいは、ゴジラ登場によって避難を余儀なくされる都民の立場に立って、どこをどのように逃げるのが効率的か考えるのも楽しいだろう。
東京はどでかい関東平野にあるために起伏も少なく、特に東側エリアは坂もほとんど存在しない。
ゴジラが海側から現れていることを考えれば、台地になっている北側あるいは西側に逃げるのが良いと思われる。そう思って映画を観ていると、まさに政府の臨時拠点になるのが東京都心から西に30kmほどに位置する立川なのだ。

 

もっと大きな視点に立ってみるのも面白い。
日本のような島弧では、すぐそばにプレート沈み込み帯があるために、陸そばの水深が極めて深くなる。
実際、本編でも登場する相模湾は、北米プレートとフィリピン海プレートのぶつかっている場所とされて、1000kmを超える水深がある。
この水深が、ゴジラを産んだとされる核廃棄物の投棄やゴジラの見つけにくさに説得力を持たせている。

(2)歴史の教材として

本作は、近現代史を学ぶ上で恰好の素材といえる。
戦後の日本が抱えてきた日米の微妙な関係、自衛隊の存在に関するジレンマについては指摘する必要もないほどに作中で強調されている。

 

しかし、日本史に限らず、世界史の近現代史としても面白い部分はたくさんある。

例えば、途中、国際連合の取り決めによって日本が窮地に立たされる場面がある。
この際、その事態を何とかするために、常任理事国である中国・ロシアに協力を求めようとするが、断念して結局フランスに打診する。


歴史的にこの場面を捉えるならば、当然中国・ロシアとは、言うまでもなく東西冷戦の東側を象徴する国である。
一方、フランスは、キュリー夫妻が研究を行った地であり、戦後、幾度となく核実験を繰り返した国でもある。
平和利用としての原子力発電にもかなり積極的な国であり、そうした背景を知っているとフランスが選ばれるのが、極めて自然な流れであることが分かる。
そして、フランスはEU加盟国として他のヨーロッパ諸国と関係が深いだけでなく、例えばロシアとも、シベリア鉄道への出資など、古くから経済的な結びつきが強い。
つまり、フランスは、常任理事国全体に揺さぶりをかける駒としても大変有効であると考えられる。

 

古い時代のことも考えてみよう。
作中、とある作戦に「ヤシオリ作戦」という名前が付けられる。
映画の中では何の説明もないのだが、この名前は、古事記あるいは日本書紀に登場する八岐大蛇(ヤマタノオロチ)伝説から付けられたものである。
日本人なら誰しも聞いたことのある八岐大蛇伝説を想い出してみると、八岐大蛇を退治するにあたって酒に酔わせるという下りがある。
この酒が、八塩折之酒(ヤシオリの酒)という。
映画を観たことのある人は、ヤシオリ作戦の内容を考えれば成程と手を打つところだろう。

 

(3)公民の教材として

作中に登場する役職や省庁、法律、用語を調べるだけでもかなり面白い授業になるだろう。

 

例えば、「防衛出動」。
作中では、各省庁からのリエゾン(緊急招集要員)が集まって、法律を囲んでその適用の可否について議論するシーンが登場する。
どのような行為を指し、その重要性とは何なのか。
日本国憲法との関係はどうか。
適用にはどのような条件があり、手続きはどのようなものか。
これだけでも様々な切り口が存在する。

 

また、政府と都政の関係という視点も面白い。
煮え切らない政府の対応に業を煮やして、都から自衛隊に直接出動要請をするシーンなどもあったと思うが、どのような役割分担があり、どのような手続きを経てそれが可能なのか。
さらに、政府が避難する際に、一時的に都庁が機能を代行、という部分もある。
こう考えると、都知事の役割・権限は極めて大きいように感じる。
先の都知事選の見え方が変わってくる。

 

赤坂官房長官代理ではないが、日本および東京が壊滅状態になったと仮定して、どんな法律を立てて、どんな内閣を組織して、どんな復興計画を立てるか、考えてみるのも良いだろう。
公民の教材としては、切り口があり過ぎて困るほどだ。
社会科見学と絡めて、例えば防災関連施設などをゴジラを想定して見学するのも面白いかもしれない。

 

(4)終わりに

ここまで書いておいてなんだが、僕の教科は、本来、社会科ではなく理科である。
ただ、僕自身は、大学入試ぎりぎりくらいまで理系・文系を迷っていたくらいで、社会科はかなり好きだった。
というか、そもそも「文系」「理系」という分け方そのものが気に入らなかった。
「理系」では不利とされている世界史でセンター試験を受けたことは、密かな僕の自負になっている。
ところが、大学に入って周りの友人と話したり、バイトで家庭教師先の生徒と話したりしていると、「理系」の人間の中には、社会科にまったく興味がない、むしろ時間の無駄であるくらいに考えている人間が少なからずいることに気が付いた。

 

受験に使わない科目は勉強するだけ無駄。

社会は覚えることばかりでつまらないししんどい。

覚えたところで日常生活で役に立たない。

 

言いたいことは分かる。
半分くらいは「文系」の人もまた数学や理科に感じていることだろうとも思うが。
違う。そうじゃない。
社会科はこの映画をより楽しむためにあったんだ!

 

というわけで、全国の社会科教員の皆さんには是非とも本作を授業で扱って、「理系」諸君に社会を好きになるきっかけを作ってほしい。