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童貞見聞録

アラサーのセクシャルマイノリティ童貞野郎が心に移りゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつけるブログ

物語のなかの渋谷

 先日、ほとんど衝動的にPS4を購入して以来、時間を見つけては続けていたペルソナ5の1週目をようやくクリアした。
素晴らしい内容だった。
子どもの頃からホームズよりルパンが大好きだった僕にとって、やはり「義賊」というのは殺し文句らしい。
主人公に「東尋坊 潮」という日本海の荒波を思わせる名前を付けて、夢中になりながら怪盗稼業に勤しんでいた。

残念ながら1週目では全てのコープをMAXにできなかったので、強くてニューゲーム(2週目)に突入予定である。

 

さて、一通りプレイしたところで、本作の舞台の一つになった渋谷というのが、改めて面白い街であるな、と思ったのでまとめておきたい。
というか、渋谷の持つ独特の倒錯感と、土地の特性、発展の有様が、まさに本作の舞台たらしめる必然性に直結しているような気がしたのだ。

 

大学生の頃、学校の通り道だったこともあってほぼ毎日渋谷に通っていた。
とはいえイケてない大学生だったので、垢抜けない格好で道の隅を這いつくばるようにして歩いていたのだけれども、渋谷という街自体は決して嫌いではなかった。
一番の理由は映画館が素晴らしかったことだけれども、それ以上に「変」な街だったので、飽きなかったのだと思う。
僕の思う渋谷の「変」を並べてみる。

 

1. 倒錯した街

渋谷はとにかく上下方向の入り組みよう、変わりようが凄まじい。

渋谷の「変」の代表格と言えば、やはり銀座線だろう。
あれは衝撃的だ。
地下鉄であるはずなのに、地上のしかも他のどの線よりも高い位置に現れる。
銀座線に乗って渋谷に到着、階段を降りてJRの改札に来る度に、いつも不思議な感じがする。
銀座線以外でも、副都心線が開通して東急東横線とともに地下深くに駅を構えてからは、余計にダンジョン感が増した気がする。
1フロア変わっただけでどんどんと様子が変わっていく。

 

もう一つ例を出すなら、渋谷の代名詞「スクランブル交差点」だ。

大学生当時、スクランブル交差点が苦手だった僕は、いつも地下を通ってツタヤ方向に抜けていた。
その時に通るのが「しぶちか」である。
まさにスクランブル交差点の真下に当たる「しぶちか」は、いわゆる若者の街としての渋谷からはかなり遠い雰囲気を持っている。
ペルソナ5では、かなり華やいだオシャレショップ的なものが並んでいたが、現実の「しぶちか」は大分異なっている。
良く覚えているのは、中高年の社交ダンスパーティーなどで着られるような絶妙なチープさを備えたドレスの店と、朝方開店準備の時に小型犬を闊歩させていたペット用品の店だ。
一体どういう需要があってスクランブル交差点の真下にこんな店があるのだろうとずっと不思議だった。

 

けれども、段々分かってきた。
これこそが、渋谷なのだ。
若者たちが次々にすれ違っていく下は、まるで別世界。
この異常さ、迷宮感こそ渋谷の本質な気がする。
ペルソナ5では、渋谷がまさにダンジョンとして出現していて、自分のイメージがそのまま具現化された思いだった。

 

2. 擂鉢の底

銀座線の件も結局ここに行きつくのだが、渋谷駅はその名の通り谷底にある。
周りを坂に囲まれて、渋谷駅には色んなものが集まって溜まっていく。

 

分かりやすいのは雨である。
ゲリラ豪雨で渋谷駅地下が浸水といったニュースは、ほぼ風物詩になりつつある。
考えてみれば当然で、降った雨は低いところに流れるわけだから、渋谷駅に集まってくる。
渋谷川が旧東急百貨店の地下を走っていることから考えても、水が集まっていることこそが自然なのだと言える。

 

溜まるのは水だけではない、と思っている。
これは完全に私見だが、人も溜まりやすいと感じる。
周囲よりもポテンシャルが低いということは、物理的にも外に行きにくいはずで、それが渋谷の独特の閉塞感とか閉鎖的な雰囲気を産み出している気がする。
ファッションにしても、渋谷は原宿のそれに比べて明らかに温度が低く見える。
埼玉県民への嫌がらせとしか思えないあの埼京線ホームの離れ具合も、実はその辺と関係しているのかもしれない。

 

人の溜まる閉鎖的な空間には、不満やストレスといった負の感情も鬱積しやすい。
ペルソナ5でも、大衆の漠然とした不安や欲求不満が渋谷に沈殿していくイメージがうまく具現化されていた。

 

3. 発展途上

渋谷は現在、2028年の完成を目指して大規模な再開発の真っただ中にある。

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www.shibuyabunka.com

どんどん新しい建物が出現し、ここ数年の間でも大きく様変わりしている。
僕が大学生の間でさえ、HMVが一旦姿を消して、ブックファーストが移転しH&Mに変化、そしてヒカリエが立った。先日映画を観るために渋谷に行ったら、東横のれん街の場所が変わっていて驚いた。

 

この再開発計画の影響もあって、渋谷という街の変化のスピードは凄まじい。
いつ訪れても、異なる姿を見せる。
イメージが定まらない独特の浮遊感と不安定さ。
ノスタルジーを許さない刹那的な雰囲気。
都会の街はみんなそういう部分があるけれども、渋谷の比ではない気がする。
ペルソナ5でも、渋谷というダンジョンがどんどんと成長していく様子が描かれていた。

 

終わりに

ここまで、ずっとペルソナ5とリンクさせる形で「渋谷」を語ってきた。
しかし、実は別の作品でも私の思う「渋谷」は具現化されていることに気が付いた。
少し前に感想をまとめた「バケモノの子」である。

 

tamago-polo.hatenablog.com

この作品では、「渋谷」を起点に二つの世界が交差している。
そして、心の闇は向こうの「渋谷」で醸成され、こちらの「渋谷」で爆発する。
さらに、この物語は二人の主人公の発展(成長)の物語でもある。
少しこじ付けもあるが、まさに上の3つの要素を満たしている。

 

ペルソナ5バケモノの子のヒットを見るに、上に挙げた3つは、渋谷を形作るある種の共通イメージになっているのかもしれない。
でも、こうしたイメージもこれから先、どんどんと変わっていくだろう。
例えば2028年以降の渋谷しか知らない人々が現れたとき、二つの作品を観てどのような感想を持つのか、大変興味深いところである。

 

最後に、僕の思う「渋谷」が音楽として良く再現されているものを紹介したい。


DAOKO 『ShibuyaK』 Music Video Midium ver[HD]

そう言えば、「渋谷系」とされる音楽って、全然「渋谷」っぽくないと思うのは僕だけだろうか。
80年代の人の思う「渋谷」と比べても、もう変わっているのかもしれない。