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童貞見聞録

アラサーのセクシャルマイノリティ童貞野郎が心に移りゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつけるブログ

研究者の人生設計 ~トトロの「お父さん」~

映画

先日、金曜ロードショーで「となりのトトロ」が放送された。
子供の頃から何度となく観てきた作品で、ほぼ間違いなく人生で最も観た映画だろう。
何なら1日に2回観た日もあったと記憶している。
現在「理不尽な運命に懸命に耐える子ども」とか「子供だけが理解できる世界」というテーマにとても弱いのは、おそらくあの日々が支えているに違いない。

 

同じ作品を年を重ねて観るとまた違った感想を持つことはよくあることだが、現在研究者の端くれとして仕事をしている身として、「となりのトトロ」に登場する「お父さん」が気になり始めた。
彼と自分とではかなり分野も違うし時代も違うのだけれども、研究畑に身を置くものとして、最近の事情も併せて考えてみたい。

 

作中、大学の非常勤講師をしているらしい彼・草壁タツオ氏は、考古学の研究者で、病気の奥さんと幼い子供2人を抱えて必死に暮らしている。
生計を立てるために中国語の翻訳の仕事もしているらしい。
何より驚いたのは彼の年齢だ。

32歳

自分とそう変わらない。
糸井重里ボイスに騙されていた。
まさか、自分の歳の頃には、サツキはおろかメイまで産まれているとは。
いつまでも童貞こじらせて自意識をこねくり回している自分とは大違いである。

 

しかし、良く考えてみなくとも、彼の研究者人生を現代で踏襲するのはかなり無理がある。
まず、設定上サツキは12歳ということになっているので、少なくとも大学在学中の20歳のときには子持ちになっている。
現在の普通の感覚からすれば、既にこの時点で有無を言わせず就職という選択肢になり、研究者としての未来予想図は描かれない。
これでもなお研究者という茨の道にしがみつくのならば、余程の後ろ盾があるか、余程のマイペース人間か、その両方かである。

勝手な想像だが、「お母さん」である靖子さんは、妊娠が判明したときに家族からの相当な反対にあったのではあるまいか。
反対を押し切って駆け落ち同然で結婚し、その後生活費を稼ぐために靖子さんは大変な苦労をする。
その結果として作中で出てくるような病気になっているのだとすれば、タツオ氏はなかなかのクズである。
靖子さんのご両親に一発や二発殴られても文句は言えない。

 

現代において、研究者として就職するには、少なくとも修士号は取得していないと難しい。
とすると最短でも大学4年+大学院2年で、修士号取得時点で既に24である。
分野や時代にもよるけれども、アカデミックな世界に残る場合、一般的にはさらに博士課程3年を経験して博士号を取得する。
つまり27歳にして、ようやく研究者としてのスタートラインに立てるのだ。
かく言う私も、つい最近まで大学生料金で映画を観ていた口である。

ただし、理学・工学分野では、修士課程の後に研究所などに就職、社会人ドクターとして博士号をとるといった道もある。
考古学はどのような方法があるのか知識がないけれども、例えば高校教師などをする傍らで論文執筆を続けて、論文博士という可能性もあるのだろうか。
とはいえ、資料や文献に当たるチャンスが圧倒的に少ない社会人が考古学分野で博士号を取得することが困難を極めることは想像に難くない。
理学にしろ考古学にしろ、教師になる以外につぶしも効かないような分野で20代前半を消費しきるのだ。
自分も含めて本当に正気の沙汰とは思えない。
タツオ氏の場合は、奥さんと子供まで抱えて、28の時には第二子まで誕生しているのだから、余程の傑物と言えるだろう。

 

もう一つ付け加えるならば、博士号を取得したからと言って将来が約束されるわけでは全くない。
何なら、同じ分野で使わない限り、博士号なんて合コンの席で女の子に「へーすごいね」って言ってもらえる以外にはちり紙の役にも立たない。
一般には、博士号取得後に任期付きの博士研究員や助教を数年ずつ経験し、30代前半位に任期なしのポジションをゲットしてアガリ、というのが最近の理想的な研究者すごろくである。
そして、分野で大きく異なるところだが、この就職口も、全体的には不況の煽りを受けて減少傾向にある。
団塊世代が抜けて、席が空きそうなものの、枠自体が単純に減らされることも珍しくない。
最近はかつてのようなコネ採用も専ら少なくなって公募が当たり前になってきたけれども、チャンスが広がった反面、若手の研究者はより一層安定からは遠のいたのが現状だ。

 

さらに、タツオ氏の暮らし向きが決して豊かではないことを受けて、最近の大学院生・研究者の経済状況についても触れておきたい。

報道でも話題になることではあるが、大学生・大学院生向けの給付型奨学金は現在ほぼ無いに等しい。
一昔前は、奨学金でも研究業界に残るとか教師になると返還免除となるものが多かったらしい。
僕自身、研究所勤めであるが、今なお50万以上の借金を抱えて毎月返済を続ける状況で、少し上の世代の同僚に驚かれることがある。

こうした状況の中で、多くの大学院生は、日本学術振興会の特別研究員に採用されることを目指す。
これは、博士課程の学生や博士号取得して間もない若手研究者のためのプログラムで、採用されると博士課程の学生の場合、月額20万の給付金を受けとることができる。
博士課程を目指す大学院生は、大体修士1年の終わりに差し掛かると気にし始めて、一生懸命書類を作って5月頃に提出、秋の結果通知を震えて待つことになる。
この特別研究員に採用されるか否かが、博士に進学するしないの試金石になっていると言っても過言ではないだろう。

しかし、良く考えてみると、月額20万というのは、なかなかに渋い額である。
生活費に加えて、授業料などの学費もあるのだ。
僕も運よく採用された口だが、実家暮らしだったから良かったものの、都内で独り暮らしだったら相当な貧困状態に陥っていただろう。
実際、身の回りにはそのような院生が沢山いた。
もちろん、そういった貧困状態の場合には、授業料免除等の諸々の制度が大学ごとに設けられているものの、それでも余裕のある生活には程遠い生活を強いられる。
もっと言うと、特別研究員制度には、学術・教育に関わりのないアルバイト禁止(学術・教育関係のものも制限あり)という原則がある。
月額20万でこれを条件に入れることは、はっきり言ってナンセンスだと思っている。
実際、この原則を盾に、授業のティーチングアシスタントや学術イベントの説明員として、ほぼ無償で働かせられる院生の例も知っている。

 

最後に、研究者の結婚事情についてまとめておく。
散々研究者の不安定かつ厳しい状況について述べてきたけれども、既婚の若手研究者が極めて少ないかと言うと、少なくとも自分の周りはそうでもないように見受けられる。

研究者の結婚は、大きく分けて二つのパターンがある。

一つは、学生の頃から付き合っている恋人と、上記の特別研究員採用や、就職をきっかけにして結婚するパターンである。
僕自身も、在学中に2件、学生結婚の式に参列したが、いずれもこのパターンであった。
このパターンの場合、相手側は研究者ではなく一般企業勤めで、恋人期間中あるいは結婚後もしばらく、ほぼ養ってもらうという形になりがちである。
業界を見渡すと、ヒモあるいは元ヒモを見つけることはたやすい。
若手のうちは数年ごとに所属が変わり、国内外を文字通り飛び回ることも多い。
単身赴任やほぼ別居状態の夫婦も珍しくないので、安定した家族設計は難しいと言える。
タツオ氏の場合はこちらに分類されるだろう。

もう一つのパターンは、30代中頃の任期なしのポストを得る前後で婚活をして、見事ゴールインというものである。
こちらは業界内カップルになったり、あるいは着任先の肉食系事務員に狩られたりとバラエティに富んでいて、良く話のネタになる。
晩婚にはなりがちだが、安定感は前者の比ではない。

 

以上、僕の体感する研究者の状況について、長々と述べてきた。

後半は、トトロの「お父さん」とはほぼ関係なくなってしまっていたが、一つだけ訴えておきたいのは、「お父さん」同様に、研究者が上記のような状況にあるからと言って、必ずしも不幸ではないということだ。
となりのトトロ」で描かれるのは、確かに困窮していて不安も多いけれども、極めて幸福な家族のカタチである。
正直に言って、現状の研究者の状況は、安定感でも金銭面でも魅力はまるでない。
だからと言って研究者になることが不幸であるとも思わない。
というか、そんなに不幸でもない、と思わせてくれるのが「となりのトトロ」に対する研究者視点での感想だ。

しかし、現状、研究者の「研究意欲」に完全に甘えた制度になっているのは事実だ。
研究者を志す人には「そんなに不幸でもないよ」と伝える反面、体制側には状況の改善を強く訴えたいと思う。