童貞見聞録

アラサー超えてアラフォーのセクシャルマイノリティ童貞野郎が心に移りゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつけるブログ

枯れ葉

最新作が公開されれば観に行っている監督は複数いるが、その中でもアキ・カウリスマキ監督は特別だ。
大学生の頃に、渋谷の映画館で出会ってからというもの、新作はもちろん名画座で特集が組まれればなるべく行き、ついにBlu-ray BOXまで買ってしまった。
それも、当時Blu-rayプレーヤーを持っていなかったにも関わらず。
今日は、そんな彼の6年ぶりの新作を観に行ってきた。

kareha-movie.com

前作「希望の彼方」では、当時世界中で問題になっていた移民に焦点を当てて、いつものように虐げられる者たちへ温かい眼差しを送るとともに、世間の歪んだ差別意識や排外主義に対する強烈な怒りが込められていた。
それを最後に監督を引退すると宣言して、僕も残念に思った一人だったのだが、今回、また新作を撮ってくれたということでとても嬉しく思っている。

 

あの引退宣言から6年。
世界の状況はどんどんと悪くなるばかりで、愚かな戦争が実際に起こり、毎日のように市民がそのとばっちりを食って無惨に亡くなったというニュースが流れている。
各国政府は卑劣にも分断を煽って対話の芽を潰し、戦争に反対する市民たちの声を遠ざけている。
そしてそれに慣れ始めて鬱々とした気持ちを背負いながら、僕たちは日々を生きている。

本作は、まさにそんな我々の映画になっていた。
引退宣言を破ってまで、監督が撮らねばならぬと思った。
そのくらいに、我々は今、危機的な心理状態に陥っている。
ましてや、お膝元であるフィンランドの市民たちにとって、愚かな戦争を引き起こした張本人で世界中から総スカンを食っているのは、まさにお隣の国なのだ。
本国では、我々とは比較にならぬほど、市民たちの"鬱"は深刻な状況なのだろう。
その状況下で、一体何が救いとなりうるのか。
その答えが、本作で示されている。

本作の主人公、アンサとホラッパを取り巻く環境は過酷だ。
次々と理不尽が降りかかり、幾度も心を折られてしまう。
隣の国で起きているのと同じように、彼らもまた、日々の戦争の中に身を置いている。
酒と煙草で神経を麻痺させなければ、とても正気を保てない日々。
その中にあっても、二人は出会って惹かれた。
すれ違いコントよろしく、なかなか手を取り合えない二人。
このクソみたいな世の中で、唯一美しいと思えるものが、二人の間に芽生える奇跡。
アキ・カウリスマキによる処方箋のような一作だった。

僕の監督との出会いは「街のあかり」だった。
しょぼくれた警備員の男が美人局に遭う話。
それでも彼は、自分が優しくした人や犬たちによって救われる。
人間の描き方の美しさに、当時の僕は衝撃を受けた。
本作は、あの時の衝撃を思い出させてくれた。
そして、いつもの彼の作品の通り、音楽がいちいち素晴らしい。
個人的に、とあるキャラクターが歌う「秋のナナカマドの木の下で」が聞きたいのだが、きっとサントラには入っていないだろうなあ。
もう一度観に行くしかないだろう。